6月25日の日記

2009年6月25日 読書
アサウラ『ベン・トー〈3〉国産うなぎ弁当300円』集英社スーパーダッシュ文庫

表紙絵の雰囲気がずいぶん変わったので
中身も新機軸?いや,その成分は微量.
でもって,殺伐としてあばきあうという印象が
あばきあうのを心から楽しんでいるという風に
描写しているので,嫌味分が減ったかも.
川原でボカスカ殴りあって両方ともぶっ倒れて
空を見上げながら「オマエ~~~」「オマエモ~~」などと
仲良くなるというバカドラマに近いバカさ加減が楽しめる.

しかし,半額になる時間が遅い気がするがどの都会だろう.
なんてことより,半額神が引っ込むのを待ってるというのが
この作品の一番の無理設定かもしれない.墜落以上に.(爆)

◇メモ
P.60 この店の弁当、惣菜コーナーを担当する半額神、松葉菊は丸富大学の卒業生だ。
   当然内部の事情には詳しい……そんな彼女がテスト期間による需要の変化を
   予測できなかったのだろうか。いいやそんなはずはない。では何故半値印証
   時刻は早くなった? 簡単だ。
P.61 彼女の、優しさである。
    この店の半値印証時刻は九時十五分頃だが、それは夕食にしては少し遅い。
P.64 著莪は当然先程手に入れてきたニラハンバーグ弁当、僕はどん兵衛の
   きつねうどんに半額だったエビとブロッコリーのマヨネーズ和え、という普段は
   あまりやらない組み合わせである。いつもはどん兵衛の中に投入してうまいもの、
   またはおにぎりなどの組み合わせだけれど、今回のは……ぶっちゃけ著莪から
   弁当を少しいただくのを想定しての組み合わせである。
P.64 僕はまずエビとブロッコリーのマヨネーズ和えに手を伸ばしてエビを口に入れる。
   小さすぎず、大きすぎず、一匹が丁度一口に納まる手頃なサイズだ。それは
   口に入れるとマヨネーズの酸味、旨味、そして隠し味程度に加えられているので
   あろう醤油の香りとともにその身を口の中で弾けさせる。プリプリとした食感と
   その風味がたまらない。うまい。マヨネーズの柔らかい酸味も手伝ってか、
   唾が溢れてきて凄かった。
    少しご飯系が欲しいような欲しくないような……。ただご飯のおかずとするには
   ややパワー不足な感はあるが、かといってこれだけで食べるには
   オーバーパワーな気もする。
    そこで、ブロッコリーである。僕はブロッコリーを箸で摘む。下茹でされているため
   いくぶんしっとりとしたそれを口にすれば、ブロッコリーのさっぱりした味がエビの
   余ったエネルギーを中和するかのようにして、口の中がいい塩梅となる。うまい。
P.65 弁当を覗き込むと、たっぷりのご飯に普通の弁当よりちょっと多目のお新香、
   半分にカットされた揚げ春巻き、一切れの卵焼き、メインの大きなニラハンバーグ、
   よく見えないがハンバーグの下にはキャベツの千切とそれに混ぜられている
   大葉の千切りだ。けっこう量がある。
    ニラハンバーグにたっぷりの大葉……この組み合わせはどの程度の力を
   発揮するのか……。僕はどん兵衛を手にしたまま唾液を、いや、固唾を飲む。
P.66 醤油がかかった段階でどこか馴染みのある匂いだと僕は思った。
   それもそのはずで、このニラハンバーグ、餃子の具に近いのだ。いや、
   ほぼそのものなのかもしれない。食感から察するにニラ、ニンニク、生姜に白菜、
   それに豚肉である。しかも表面を焼く際にはどうもごま油を使用したらしく、
   表面のほんのり焦げた部分からはその香ばしさが感じられた。
    咀嚼すると口内で肉がほどけ、野菜が躍り、そしてジューシーな肉汁が口内を
   満たすも香味野菜の風味がそれらを纏め上げて決して下品な味にしていない。
   食べれば食べるほど唾液が出てくる、そんな一品だ。
    ……これはご飯が欲しくなる。というよりこれにご飯がないのは酷というものだ。
   僕は著莪がエビブロマヨ和えを満足げに口にしている隙を突いて白米の方にも
   箸をのばした。
    ついでなのでサラダの方もいただく。そこで大葉の意味もようやく理解できた。
   このサラダ、非常にサッパリしている。ニラハンバーグの後にご飯を食べたとしても
   口内にどうしても残ってしまう油、それを綺麗さっぱり洗い流してくれるのだ。
   特にドレッシングとかが用意されていないところを見ると作り手もそれを想定して
   盛り合わせたのであろう。他の生姜やニンニクの香味野菜とは違う、大葉の
   上品で清々しい香りが最高だった。
P.87 部室の壁掛け時計を見上げ、槍水仙は背もたれに体重をかけて一息ついた。十九時
   四〇分。もうすぐアブラ神の店の半値印証時刻だ。
P.101 「ん? 変か? 風邪を引いて食欲があまりない時は桃缶とチキンラーメンだろう。
    佐藤の実家ではそばだったのか?」
    「どん兵衛はともかく……寝込んだ時にチキンラーメンは初耳ですね」
    「そうなのか。私の実家ではよく食べているんだが。妹が少し体が弱くてな、
    寝込んだ時なんかは柔らかめに煮たり、少量のご飯を入れたりしておじや風に
    してみたり、昔からいろいろやっていた。……しかし、ふむ、そうか」
P.102  白い丼の縁二センチを残して注がれているスープに、綺麗な円状を描いて浮かぶ
    細くて平たい縮れ麺、そして極めつきとなる丼の中央に鎮座する卵の見事な姿と
    いったらない。白身は春先に降った雪のように淡く、至純の様をもって色づき、
    黄身は無垢の子供の瞳のように潤み、ほとんど生の状態であることが見て取れる。
     もはや丼、スープ、白身、黄身からなる五重の同心円状の芸術作品だった。
     これに箸を入れようとするのは、どこか白いキャンパスに最初の一筆を入れる
    感覚に似ていた。美しき物を汚すような罪悪感、ある種の完成された何かを
    破壊という手段をもって自分だけのものにしたいとする独占欲、己が手を
    入れた後に広がるであろう未来の光景への期待と不安……。芸術家達が頭を
    抱えたくなる気持ちが今の僕には痛いほど理解できる。しかし僕が
    前にしているのは白いキャンバスではない。これは食事であり、キャンバスが
    黄ばむよりもずっと早く目の前の丼は冷めていってしまうだろう。それは、
    最悪の選択と言えた。
     僕は勇気を持ってついに丼に箸を入れる。麺を少量掴み上げれば、湯気と
    温かな香りが放たれる。それを僕は躊躇うことなく口に運び、啜る。平たい細麺は
    滑るようにして僕の口内に入ると、そこで麺とスープの持つポテンシャルを
    解放した。咀嚼すればスープが、細かくなる麺が、口内に、いや病によって
    衰えていた僕の体に染みこむようだ。素朴な味わい、何故か感じる懐かしさ、
    独特の香りがたまらない鶏ガラスープ……。全てが完成された味だった。
     そして、麺がスルリと喉を通れば、何とも言えない心地良さが僕の腹を、そして
    胸さえも温めてくれる。うまい、と自然に口から漏れた。
P.104 割り箸を黄身の上へ置き、そっと押した。
     黄身が、美しいドーム型の姿を崩し、トロリとスープの中に黄色を広げていく。
    その光景は見る者に得も言われぬ快感を与えてくれる。
     箸をその黄身が広がる領域に差し込み、下から麺を掴み上げる。麺が、
    天に昇るかのように美しいきらめきを持って僕の口へ……。ほのかに温かい
    黄身を纏った麺は……たまらない。濃縮されたような黄身の味わいはあまりに
    まろやかで、あまりにコクがあって……何より麺、スープとの見事なまでの
    一体感さえも含めて言葉にするなら、それは“至極”という二文字以外に
    ないだろう。全てが、最高だった。
P.104 「こいつはアブラ神の……月桂冠だ」
P.104  圧倒的、という言葉がこれほど似合う弁当も中々ないだろう。まず弁当の
    容器からして普通のそれより幾分大きく、若い僕らには嬉しいたっぷりのご飯に
    黒ごま、齧る際にカリッと音が出るのを容易に想像できる形の良い梅干。少し
    多目の柴漬け、グリーンピースとコーンの彩りが美しいポテトサラダ、白ゴマが
    かけられたほうれん草のおひたし。その横には生命力溢れる美しい花々のように
    栄える卵焼きと、深夜に静かに降る雪の純白と、初恋の淡いピンクを思わせる
    二色が一体となった紅白のカマボコ……普通の料理とかではあまりないが、
    不思議と弁当箱の中ではよく見るちょっと嬉しいコンビだ。カロリーも低めで、
    どんな料理にも合い、おかずを食べ過ぎてご飯との割合が悪くなった際に
    このコンビに醤油をかけてご飯残量を調整することも可能な
    縁の下の力持ちである。
     そして……それらに支えられるようにして存在しているのが、超ド級の
    トンカツである。デカイ、かなりデカイ。掌ほどの大きさだ。しかもただ薄く
    伸ばされているというのではなく、かなり厚みがある。凄まじいインパクト。
    まさに圧倒的。だが、それだけじゃない。五つに切られているのだが、
    その内の中央が切り口を上へ向けられていて……
    それがただのトンカツではないことを無言のままでアピールしていた。
P.106 「“……時は満ちた。今こそ頂点に至ろうではないか。めくるめく豚ロースの輪舞、
     その先に待つものにあなたは驚愕を隠せない……
    豚ロース輪舞チーズカツ弁当” ……だ,そうだ」
P.109 肉厚で “ずっしり” という表現が決して間違いではない切り身を箸で
    掴み上げると、やはりチーズが糸を引く。僕はそれを手首を捻ってカツの表面に
    巻き付ける。そして一口でいこうかとも思ったものの、かなり強引に
    押し込まなければならないことに気がついて諦めた。先輩同様に半分ぐらい
    口に入れて、噛み切る。
     その瞬間、驚いた。分厚いにもかかわらず、それは簡単に前歯だけで
    噛み切れたのだ、薄い豚ロースが幾重にも巻かれているためか、肉そのものが
    柔らかいのか、中心部にはチーズが入っているせいか……。いともたやすく、
    それもサックリと噛み切れた。
     また、そのサックリ感も凄い。衣だ。先輩はこの弁当に関しては普通に
    蓋をした状態で温めていた。そうなれば熱せられるに従い、ご飯等から湯気が
    発生し、当然のように……揚げ物の衣は湿る。無論、それはそれでソース等と
    よく馴染むし、ご飯と一緒に咀嚼する際には食感に一体感が生まれて
    結構好きなのだけれど……。
     このカツの衣にはサックリ感が残されていた。何故だ、何故、普通に温めたのに、
    作り立てというわけでもないのに……この食感が……? 僕は箸で持つ残りの
    半分の切り身を凝視してその答えを見つけた。パン粉だ。パン粉がかなり粗い、
    というかまるで手作りかのように極めて大きいタイプのものを使用している。
    さらに色合いからするに……なるほど、粒の粗いパン粉を用いた上で、
    それを高温でガッチリと揚げることによってかなりワイルドな衣にしてあるのだ。
    それこそ揚げたてを食べると歯茎に刺さらんばかりのヤツだ。
    そうすることによって弁当を後に温めた際に多少の水分を吸ったとて
    食感の良さが残ったままになるのだろう。
    「佐藤、衣の食感の良さはパン粉の工夫だけじゃない。カツの下を見ろ」
     まるで僕が考えていることがお見通しであるかのように先輩は言う。
    言われるがままに弁当箱を見ると……カツの下に白いパスタが敷いてあった。
    何故、パスタなのだろう? 普通キャベツの千切りとかじゃ……。
    「パスタは水分や油を吸う特性があるんだ。つまり電子レンジで温めた際に
    カツ自身から出る油をパスタが吸い込み、かつ、パスタによってカツが
    持ち上げられていて弁当箱とほとんど接触していない。これによってどうしても
    吸いきれない油に衣が浸るのを防いでいるんだ」

P.113, P.114, P.205, P.239, P.247,  <うなぎ弁当のスーパー話>
P.160 事前に仕入れた情報では二〇時ころには始まってしまうはず (略)
    住宅街に埋没するようにしてある地元密着型の店舗だ。
P.162 「その双子が直面した全てを。……南へ行け。ここより国道を約六〇キロ、道路
    左側に大きなビルと『沢桔コーポレーション』と書かれた看板が見えてくる
    はずだ。その近くにあるスーパーへ向かえ。二三時三〇分前に到着できれば
    そこに生きる者たちに出会えるだろう。その地域における最終半値印証時刻を
    有する店だ、すぐにわかる」
P.218 僕の手にはどん兵衛のうどん+たっぷりゴボウのかき揚げ、そして二階堂は
    シーフードヌードル+えびマヨのお握りである。
P.219 慌てて汁に浸りきったゴボウのかき揚げを口に運ぶ。汁の染みこんだそれは
    バラバラになりかねないのでそっと扱う。口に入ると溶けかかった衣の
    まろやかさが口の中一杯に広がりつつ、爽やかなゴボウの風味が吹き抜ける。
    細切りのゴボウのシャキシャキとした確かな噛みごたえも気持ちが良く、
    しっかりとした満足感を与えてくれる。比較的柔らかいものばかりで
    構成されているどん兵衛と組み合わせることによって、より一層その快感が
    際立っていた。
P.248 今日のこの店の弁当は特殊なシステムになっていて、オープンから一時間おきに
    焼きたて、出来立ての弁当が順次適当数並べられる。そして閉店一時間前の
    二二時の最後の品出しの回に、並べられると同時に半額になるというファンキーな
    ことをやってくれる店だった。「土用の丑の日にうまいうなぎが喰えねぇのは
    可哀相だ、誰もやらねぇなら俺がやってやる、俺がおまえらに半額で最高の
    うなぎを喰わせてやるぜ!」と嘘か本当か知らないが、ここの半額神は一〇年
    以上前にそんなトチくるったことを当時の狼たちに向かって言い出したのだそうだ。
P.287 ご飯に月の色をした錦糸卵が隙間なく散らされ、その上にドンッとうなぎの蒲焼が
    二切れ乗せられているだけだ。だが、シンプルな構成だからこそ、そのうなぎの
    インパクトが凄かった。見るからに肉厚で、大振りな身が一切れで大体弁当の
    三分の二を覆っているのだが、さらにそこに同サイズの切り身が被さるようにして
    乗っているのだ。弁当容器も大きいからもはや特盛りである。
     蒲焼の表面は扇情的と言っていいほど美しく、月を鈍く照り返していた。
    僕はそこに付属していた山椒を振りかける。爽やかな香りが漂った。
P.287  タレが染みたご飯が口の中で形を崩していき、タレの芳醇な味わいが先陣を
    切ってくる。そして、口の中でうなぎの身に行き着く。本当に焼きたてであり、
    見た目にはほとんど焦げなんてなかったのに、身の表面から発せられる
    香ばしさがたまらない。
     次にその身の柔らかさだ。うなぎの身はあまりにふんわりと柔らかで、
    溢れ出るような脂が、その溶けるかのような食感に拍車をかけていた。もちろん、
    身の旨味も濃く、臭みなんてこれっぽっちもない。……全てが、
    絶妙に良いバランスを保っている。
     口の中で、うなぎの身から出る脂とタレが混じり、そこにお米の満足感が加わり、
    何だか飲み込んでしまうのがもったいなくなってくる。
     だが、出会いがある分だけ別れがあるのが人生だ。僕は
    渾然一体となったそれを、名残惜しみながらも飲み込んだ。口の中に
    わずかに残る脂やタレの風味。でも、嫌なしつこさではないし、くどくもない。
    ただ、食べた分だけ腹が減るように……あとを引く。

コメント

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索