川原礫『ソードアート・オンライン〈2〉アインクラッド 』電撃文庫

衝撃的ともいえる迫力だけど完結しちゃった1巻.
これは,サイドストーリー4つで……小ぢんまり.
でも,短いけれど,けっこう濃厚な感じな物語で
第三話・第四話のラストはきゅ~んとさせる.
P.290からの話は……評価がわかれるかもしれないな.

◇メモ
P.280 「……カーディナルの開発者たちは、プレイヤーのケアすらもシステムに
    委ねようと、あるプログラムを試作したのです。ナーヴギアの特性を利用して
    プレイヤーの感情を詳細にモニタリングし、問題を抱えたプレイヤーのもとを
    訪れて話を聞く……。《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》、
    MHCP試作一号、コードネーム《Yui》。それがわたしです」
     アスナは驚愕のあまり息を呑んだ。言われたことを即座に理解できない。
    「プログラム……? AIだっていうの……?」
     掠れた声で問い掛ける。ユイは悲しそうな笑顔のままこくりと頷いた。
    「プレイヤーに違和感を与えないように、わたしには感情模倣機能が
    与えられています。――偽者なんです、全部……この涙も……。
    ごめんなさい、アスナさん……」
     ユイの両目から、ぽろぽろと涙がこぼれ、光の粒子となって蒸発した。
    アスナはそっと一歩ユイに歩み寄った。手を差し伸べるが、ユイはかすかに
    首を振る。アスナの抱擁を受ける資格などないのだ――というように。
     いまだ信じることができず、アスナは言葉を絞り出した。
    「でも……でも、記憶がなかったのは……? AIにそんなこと起きるの……?」
    「……二年前……。正式サービスが始まった日……」
     ユイは瞳を伏せ、説明を続けた。
P.281 何が起きたのかはわたしにも詳しくは解らないのですが、カーディナルが
    予定にない命令をわたしに下したのです。プレイヤーに対する
    一切の干渉禁止……具体的な接触が許されない状況で、わたしはやむなく
    プレイヤーのメンタル状態のモニタリングだけを続けました」
     アスナは反射的に、その《予定にない命令》とはSAO唯一のゲームマスター、
    茅場晶彦の操作によるものだと察した。恐らくその人物に関する情報を
    持たないのであろうユイは、幼い顔に沈痛な表情を浮かべ、更に唇を動かした。
    「状態は――最悪といっていいものでした……。ほとんど全てのプレイヤーは
    恐怖、絶望、怒りといった負の感情に常時支配され、時として狂気に陥る人すら
    いました。わたしはそんな人たちの心をずっと見続けてきました。本来であれば
    すぐにでもそのプレイヤーのもとに赴き、話を聞き、問題を解決しなくては
    ならない……しかしプレイヤーにこちらから接触することはできない……。
    義務だけがあり権利のない矛盾した状況の中、わたしは徐々にエラーを
    蓄積させ、崩壊していきました……」
     しんとした地下迷宮の底に、銀糸を震わせるようなユイの細い声が流れる。
    アスナとキリトは、言葉もなく聞き入ることしかできない。
    「ある日、いつものようにモニターしていると、他のプレイヤーとは大きく異なる
    メンタルパラメータを持つ二人のプレイヤーに気付きました。
    その脳波パターンはそれまで採取したことのないものでした。
    喜び……安らぎ……でもそれだけじゃない……。この感情はなんだろう、

P.262 そう思ってわたしはその二人のモニターを続けました。会話や行動に
    触れるたび、わたしの中に不思議な欲求が生まれました。そんなルーチンは
    なかったはずなのですが……。あの二人のそばに行きたい……直接、わたしと
    話をして欲しい……。すこしでも近くにいたくて、わたしは毎日、二人の暮らす
    プレイヤーホームから一番近いシステムコンソールで実体化し、彷徨いました。
    その頃にはわたしはかなり壊れてしまっていたのだと思います……」
    「それが、あの二十二層の森なの……?」
     ユイはゆっくりと頷いた。
    「はい。キリトさん、アスナさん……わたし、ずっと、お二人に……
    会いたかった……。森の中で、お二人の姿を見た時……すごく、嬉しかった……。
    おかしいですよね、そんなこと、思えるはずないのに……。わたし、ただの、
    プログラムなのに……」
     涙をいっぱいに溢れさせ、ユイは口をつぐんだ。アスナは言葉にできない感情に
    打たれ、両手を胸の前でぎゅっと握った。
    「ユイちゃん……あなたは、ほんとうのAIなのね。
    本物の知性をもっているんだね……」
     その時、いままで沈黙していたキリトが一歩進み出た。
    「ユイはもう、システムに操られるだけのプログラムじゃない。
    だから、自分の望みを言葉にできるはずだよ」

P.283
柔らかい口調で話し掛ける。
    「ユイの望みはなんだい?」
    「わたし……わたしは……」
     ユイは、細い腕をいっぱいに二人に向けて伸ばした。
    「ずっと、一緒にいたいです……パパ……ママ……!」
     アスナは溢れる涙を拭いもせず、ユイに駆け寄るとその小さな体を
    ぎゅっと抱きしめた。
    「ずっと、一緒だよ、ユイちゃん」
     少し遅れて、キリトの腕もユイとアスナを包み込む。
    「ああ……。ユイは俺たちの子供だ。家に帰ろう。
    みんなで暮らそう……いつまでも……」
     だが――ユイは、アスナの胸の中で、そっと首を振った。
    「え……」
    「もう……遅いんです……」
     キリトが、戸惑ったような声で訊ねる。
    「なんでだよ……遅いって……」
    「わたしが記憶を取り戻したのは……あの石に接触したせいなんです」
     ユイは部屋の中央に視線を向け、そこに鎮座する黒い立方体を
    小さな手で指差した。

P.284
「さっきアスナさんがわたしをこの安全地帯に退避させてくれた時、
    わたしは偶然あの石に触れ、そして知りました。あれは、ただの装飾的
    オブジェクトじゃないんです……。GMがシステムに緊急アクセスするために
    設置されたコンソールなんです」
     ユイの言葉に何らかの命令が込められていたかのように、黒い石に突然
    数本の光の筋が走った。直後、ぶん……と音を立てて表面に青白い
    ホロキーボードが浮かび上がった。
    「さっきのボスモンスターは、ここにプレイヤーを近づけないようにカーディナルの
    手によって配置されたものだと思います。わたしはこのコンソールからシステムに
    アクセスし、《オブジェクトイレイサー》を呼び出してモンスターを消去しました。
    その時にカーディナルのエラー訂正能力によって、破損した言語機能を
    復元できたのですが……それは同時に、今まで放置されていたわたしに
    カーディナルが注目してしまったということでもあります。今、コアシステムが
    わたしのプログラムを走査しています。すぐに異物という結論が出され、
    わたしは消去されてしまうでしょう。もう……あまり時間がありません……」
    「そんな……そんなの……」
    「なんとかならないのかよ! この場所から離れれば……」
     二人の言葉にも、いは黙って微笑するだけだった。再びユイの白い頬を
    涙が伝った。
    「パパ、ママ、ありがとう。これでお別れです」
    「嫌! そんなのいやよ!!」

P.285
アスナは必死に叫んだ。
    「これからじゃない!! これから、みんなで楽しく……仲良く暮らそうって……」
    「暗闇の中……いつ果てるとも知れない長い苦しみの中で、パパとママの
    存在だけがわたしを繋ぎとめてくれた……」
     ユイはまっすぐにアスナを見つめた。その体を、かすかな光が包み始めた。
    「ユイ、行くな!!」
     キリトがユイの手を握る。ユイの小さい指が、そっとキリトの指を掴む。
    「パパとママのそばにいると、みんなが笑顔になれた……。わたし、それが
    とっても嬉しかった。お願いです、これからも……わたしのかわりに……
    みんなを助けて……喜びを分けてください……」
     ユイの黒髪やワンピースが、その先端から朝露のように
    儚い光の粒子を撒き散らして消滅を始めた。ユイの笑顔が
    ゆっくりと透き通っていく。重さが薄れていく。
    「やだ! やだよ!! ユイちゃんがいないと、わたし笑えないよ!!」
     溢れる光に包まれながら、ユイはにこりと笑った。消える寸前の手が
    そっとアスナの頬を撫でた。
    ――ママ、わらって……。
    アスナの頭の中にかすかな声が響くと同時に、ひときわ眩く光が飛び散り
    それが消えたときにはもう、アスナの腕のなかはからっぽだった。

P.286 「うわあああああ!!」
     抑えようもなく声を上げながら、アスナは膝を突いた。石畳の上にうずくまって、
     子供のように大声で泣いた。次々と地面にこぼれ、弾ける涙の粒が、
     ユイの残した光の欠片と混じり合い、消えていった。


P.290 あの時――。
    ユイが光に包まれて消滅したあと、石畳に膝を突いてとめどなく涙を流す
   アスナの傍らで、不意にキリトが叫んだ。
    「カーディナル!!」
     濡れた顔を上げると、キリトが部屋の天井を見据えて絶叫していた。
    「そういつもいつも……思い通りになると思うなよ!!」
    「今なら……今ならまだ、GMアカウントでシステムに割り込めるかも……」
     呟きながらキーを乱打し続けるキリトの眼前に、ぶんと音を立てて巨大な
    ウインドウが出現し、校則でスクロールする文字列の輝きが部屋を照らし出した。
    呆然とアスナが見守るなか、キリトは更に幾つかのコマンドを立て続けに

P.291 入力した。小さなプログレスバー窓が出現し、横線が右端まで
    到達したかどうかという瞬間――。
     不意に黒い岩でできたコンソール全体が青白くフラッシュし、直後、
    破裂音とともにキリトが弾き飛ばされた。
    「キ、キリト君!!」
     慌てて床に倒れた彼のそばににじり寄る。
     頭を振りながら上体を起こしたキリトは、憔悴した表情の中に薄笑いを浮かべると
    アスナに向かって握った右手を伸ばした。わけも解らず、アスナも手を差し出す。
     キリトの手からアスナの掌中にこぼれ落ちたのは、
    大きな涙の形をしたクリスタルだった。複雑にカットされた石の中央では、
    とくん、とくんと白い光が瞬いている。
    「こ、これは……?」
    「……ユイが起動した管理者権限が切れる前に、ユイのプログラム本体を
    どうにかシステムから切り離して、オブジェクト化したんだ……。
    ユイの心だよ、その中にある……」
     それだけ言うと、キリトは精根尽き果てたかのように床にごろんところがり、
    目を閉じた。アスナは手の中の宝石を覗き込んだ。
    「ユイちゃん……そこに、いるんだね……。わたしの……ユイちゃん……」
    ふたたび、そめどなく涙が溢れ出した。ぼやける光の中で、アスナに答えるように
    クリスタルの中心が一回、強くとくん、と瞬いた。


P.293 「もしゲームがクリアされて、この世界がなくなったら、ユイちゃんはどうなるの?」
    「ああ……。容量的にはぎりぎりだけどな。クライアントプログラムの環境データの
    一部として、俺のナーヴギアのローカルメモリに保存されるようになっている。
    向こうで、ユイとして展開させるのはちょっと大変だろうけど……
    きっとなんとかなるさ」

コメント

nophoto
Maks
2014年4月14日11:56

That’s a wel-utho-ghtlout answer to a challenging question

nophoto
Nohora
2014年4月15日2:55

Thnkas for taking the time to post. It’s lifted the level of debate

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