4月12日の日記

2012年4月12日 読書
北大路魯山人『魯山人味道』中公文庫

前半に集められた食材にふれた話は面白い.
後半の文化論・精神論みたいなのものには
あまり気のきいた印象のものはなかった.

◇メモ
P.62 まぐろ通から存外等閑に付されているものは、大根おろしである。
   「この大根おろしはいけないや、もっと生きのよい大根をおろしてくれない
   かなあ」と言うような方は滅多にない。わさびのことは、色・辛さ・甘さ・
   ねばりなどをやかましくいう食通はあるが、大根おろしの苦情を聴くことは、
   ほとんどない。ところが、まぐろとか、てんぷらというものは、おろしの
   良し悪しで,ずいぶん風味に大なる影響があるものである。てんぷらなどは
   畑から抜きたての大根おろしがあれば、油の少しわるいくらいは苦にならぬ
   ものである。抜きたての大根で、辛味が適当であれば、まぐろなどはわさびの
   必要がないくらいである。大根がわるいからわさびが入用だが、元来、
   わさびはまぐろに好適というものではない。おろしさえよければ、わさびは
   なくもがなである。

P.63 握りずしのように、全くおろしを用いない場合は、ぜひともわさびは必要で
   あることは論を俟たない。故にまぐろのすしは、涙がぼろぼろこぼれるほど、
   さびの利いたのをすし食いは賞美する。ところが羊羹のような赤味は
   脂肪分が少ないからさびが利くが、中脂肪以上、トロなんという脂肪の
   きついところになると、さびの辛味は脂肪で跳ね飛ばされて一向に辛くない。
   屋台店などに立つすし食いは、「さびを利かしてくんな」と馬力をかけるが、
   すし屋の方では、まぐろの安いときは、さびの方が高くつく場合があるから、
   こんな連中ばかりやってきてはやりきれないが、「さび無しで……」なんという
   衛生的食道楽もあるから、埋め合わせはつくというものである。
    しかし、まぐろはちょっと臭い癖のあるものであるから、この場合も、ぜひ
   しょうがの酢漬けだけ添えて、いっしょに食べたいものである。私の
   食い方なぞは、さびの利いた上に、しょうが二、三片ぐらいをすしの上に
   載せてやる。すしは酒の肴としてずいぶん用いられているが、どうもまぐろは
   酒の肴としては好適ではない。これは飯のものである。だから、握りずしで
   食うのが第一、熱飯の上に載せて食うのが第二である。まぐろの茶漬け
   なぞも通人のよろこぶものである。(まぐろの茶漬けというものは、
   炊きたての御飯の上に、まぐろを二切れ三切れ、おろし少々載せて、
   醤油をかけ、その上から煎茶の濃い熱いのを注いで食うのである)
   事実、東京において消耗されるまぐろの七分通りは、すしの原料と
   されているようである。

P.64 元来、東京の自慢であるたべものは,概して酒には適さない。

鮪を食う話
http://www.aozora.gr.jp/cards/001403/files/50004_37784.html

P.80 これを生のまま赤出しに入れて、若鮎の味噌汁をつくる。温室の蓼を
   添えてもよし、皮山椒を一粒いれるもよい。

『若鮎の気品を食う』
青空文庫校正待ち中
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/list_inp1403_1.html

P.112 由来、東京人は昆布の味を知らない。だから昆布だしの味というものを
   解しない。従って昆布を使わない。それゆえ、あまり方々で売ってないと
   いうことになる。東京人の舌は、そう言ってはわるいが、すこぶる杜撰な
   ものである。落ち着いた味、静かな味、淡い味を知るには、あまりにも
   荒っぽすぎる。だから東京好みは俗になりやすいのである。例えば、くどい味、
   油っ濃い味、粗野な味、手っ取り早い味、落ち着かないせかせかした味、
   甘ったるい味というところに嗜好が動く。
    論より証拠、東京っ子は今もなおてんぷらが好きだ。しかも、甘ったるい
   だし汁を用いて。うなぎが好きだ。これも中串以上の大物が好まれる。
   しびまぐろが好きだ。しかも、油っ濃いトロというのを好む。このまぐろとか、
   てんぷらとか、うなぎとか言うものは、元来酒の肴として極めて調和の
   わるいものである。にもかかわらず、東京っ子はこれをもってよろこんで
   酒を飲む。次に牛肉のすき焼きが好きだ。いずれをみても手っ取り早い
   簡単な味ばかりであって、女でも子どもでも、書生でもというわけである。

P.142 そうしたある日のことだった。いつものように店先に立って見ていると、
    親爺が二寸角ぐらいの棒状をなした肉を取り出して来て、それを一分ぐらいの
    厚さに切り出した。四角い糸巻型に肉が切られて行く。その四角のうち
    半分ぐらい、すなわち上部一寸ぐらいが真っ白な脂身で、実にみごとな
    肉であった。十ぐらいの時分であったが、見た時にこれはうまいに違いないと
    心が躍った。
P.143 もうひとつ、ついでに述べておけば、面白いことに、昔は豚の肉でも
    京都の方では、赤いほうが安く、白い脂身が高かった。私なども脂身が
    美味いと思っていた。ところが東京へ来てみると、反対に赤味が高く、
    脂身が安い。「東京は美味いところが安いのだね」などと言って、
    脂身を買って食ったことを憶えている。
P.144 それはともかく、当時は豚よりもむしろ猿を食っていた。私などもちょいちょい
    食ったもので、その肉はちょうどかつおの身のように透き通ったきれいな
    肉であった。感じから言えば、兎の肉に似ているが、当時の印象では、
    これも脂がなくて、そう美味いものではなかった。しかし、兎の肉よりは
    美味かった。  『猪の味』(昭和十年)

P.156 三州味噌は全体を使わないで、ある部分、すなわち、澱粉の大部分を
    捨てる。その割合は、五割とか三割が適当だろう。そうすると、酒に適する
    汁をつくることができる。
     それにはまず、三州味噌を小口からサクサクと切る。それを細か目のざるに
    入れて、だしの中で洗うのである。すると、ざるの中には著しく澱粉が残る。
    だしに解けた分量は、味噌の味がする程度でよいのである。

P.170 納豆を器に出して、それになにも加えないで、そのまま、二本の箸で
    よくねいまぜる。そうすると、納豆の糸が多くなる。蓮から出る糸のような
    ものがふえて来て、かたくて練りにくくなって来る。この糸を出せば出すほど
    納豆は美味くなるのであるから、不精をしないで、また手間を惜しまず、
    極力ねりかえすべきである。
     かたく練り上げたら、醤油を数滴落としてまた練るのである。また醤油
    数滴を落として練る。要するにほんの少しずつ醤油をかけては、練ることを
    繰り返し、糸の姿がなくなってどろどろになった納豆に、辛子を入れて
    よく攪拌する。この時、好みによって薬味(ねぎのみじん切り)を少量
    混和すると、一段と味が強くなって美味い。茶漬けであってもなくても、
    納豆はこうして食べるべきものである。
     最初から醤油を入れてねるようなやり方は、下手なやり方である。
    納豆食いで通がる人は、醤油の代りに生塩を用いる。納豆に塩を
    用いるのは、さっぱりして確かに好ましいものである。しかし、一般には
    ふつうの醤油を入れる方が無難なものが出来上がるであろう。

P.171 茶碗に飯を少量盛った上へ、適当にのせる。納豆の場合は、とりわけ
    熱飯がよい。煎茶をかけ、納豆に混和した醤油で塩加減が足りなければ、
    飯の上に醤油を数滴たらすのもいい。最初から納豆の茶漬けのために
    ねる時は、はじめから醤油を余計まぜた方がいい。元来、いい味わいを
    持つ納豆に対して、化学調味料を加えたりするのは好ましいやり方
    ではない。そうして飯の中に入れる納豆の量は,飯の四分の一程度が
    もっとも美味しい。納豆は少なきに過ぎては味がわるく、多きに過ぎては
    口の中でうるさくて食べにくい。
     これはたやすいやり方で、簡単にできるものである。早速、秋の好ましい
    たべものとして、口福を満たさるべきではなかろうか。

P.180 さけもますも皮を食べぬ人があるが、野暮な話と言わねばならぬ。だから、
    食通はさけの切身なら、しっぽのほうを選ぶ。これはしっぽのほうが美味しい
    皮がたくさん付いているだけでなく、肉の繊維が強いからである。従って、
    歯ごたえが強く、中間の肉に優るものがある。

P.183  かける茶は番茶では美味くない。煎茶にかぎる。煎茶の香味と苦味とが
     入用である。少し濃い目の茶をかけると、調和がとれる。茶が薄くては
     不味い。だから、粉茶の上等がいいというわけになる。
      粉茶のだし方は人も知るように、粉茶専用の小さなざるがある。これは
     すし屋で使っているものである。それで、すし屋の用いるように、大目ざるに
     一杯程度入れて水をさす。なぜなら、粉茶は茶の残りを集めたいわば
     茶のくずであるから、埃などがまじっていよう。これを洗滌する意味で、
     ざるの中に入れた茶に水をさすと、乳白色に水がよごれてこぼれてくる。
     これを捨て、ざるの中の粉茶に熱湯を注ぐ。
      この場合、熱湯を少しずつ注げば、茶は濃くなり、ざあっと一気に
     お湯を注げば、茶は薄くなる。熱湯の注ぎ方によって、濃淡自在に
     お茶は加減できる。

『鮪の茶漬け』(昭和九年)
http://www.aozora.gr.jp/cards/001403/files/50003_37877.html

P.201 新聞の記事だからあまり当てにはならないが、「松薪でたいた飯で
    なければ口にせぬからで」というその松薪とは、くぬぎ薪の
    間違いではなかろうか。松薪で飯を炊くというのはあまり聞かない。
    松薪はヤニの多いものだから火力が一気に上がるし、煤煙もきつくて、
    飯を炊くのには適しないように思う。多分くぬぎ薪のまちがいだろう。
     京都人で飯の炊き方なんかにやかましい連中は、くぬぎを用いているし
    くぬぎで炊いた飯は火力の具合が非常にいいようである。自分も
    くぬぎで飯を炊いたことが何遍もある。

P.255 日本料理の革新を叫んで星岡を始めたころ、私が板場に降りて仕事を
    しだすと、料理材料のゴミが三分の一しか出ないと、ある料理人から
    言われた。料理材料の不用分を私が処理すると、捨てるところが
    減少してしまうからである。私は今でもそれを誇りにしてよいと思っている。
    ある時、板場へ降りて行ってみると、ふろ吹き大根をつくるというので、
    勇敢に大根の皮を剥いている。皮だから捨ててしまえばそれまで、
    糠味噌へ入れれば漬けものになるし、そのほか、工夫次第でなんにでも
    重宝に使える。
     こんなことを廃物利用と人は呼んでいるが、大根の皮の部分というものは、
    元来、廃物ではない。廃物だと言うのは、料理知らずのたわごとである。
    皮の部分にこそ、大根の特別な味もあり栄養もある。だから、元々、
    皮を剥いて料理すべきものではない。皮を剥く場合は、お客料理としての
    体裁か、また、大根が古くて皮が無価値になっている場合とかにかぎるので
    ある。そこのところが分からない料理人は、なんでも皮を剥いてしまう。私は
    鎌倉で、大根を食う場合は、いつでも畑から抜きたてのものを用いる。
    もちろん、そういう新鮮な大根は、皮などもったいなくて剥けるものではない。
    『料理は道理を料るもの』(昭和十年)
青空文庫校正待ち中
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/list_inp1403_1.html

P.295 星岡の由来? ウン、あれはネ、便利道の中村竹四郎君が、仕事がない
    というので、僕も書画道楽だし、いっしょに東仲通りに美術店を開いた。
    大雅堂という店名のね。そのうち常連も出来て、毎日うなぎとかなんとか
    料理がはいる。僕は、ほんとうを言って、そんな料理は美味くないので、
    自分だけ、里芋のいいのがあるとこれを煮たり、なすのいいのを見つけて
    料理したり、塩じゃけを焼いたりして食べたものだ。さけはしっぽでないと
    いい味はないものだ。すると、外の連中が見つけて、美味そうだな、
    俺にもひとつ、というようなことになり、そのうちに、料理屋の品より
    こっちがいい、ひとつ料理方を受け持ってくれ、ということになったので、
    僕も好きなものだから、よろしい、とやることになった。そのうち、
    仲間だけで食べるのは惜しいから、「美食倶楽部」を拵えようじゃないかと、
    みなが言い出すようになった。じゃあ、一食二円ということになって、
    やっているうちに、その中のひとりが、江木衷は有名な食道楽だ、
    あの人にぜひひとつ食べさせてやりたい、二十円の膳部をつくってくれ、
    と言われた。二十円なんて料理を作った事がないので,少しまごついたが、
    とにかくやって見ることになった。すると江木さんがよろこんでくれる。
    こんどは江木さんが食通をひっぱってくるという始末で、狭い東仲通りに
    自動車がたてこんで、巡査に注意される始末だった。
     そこへ関東大地震、僕は地震で美味いものを封じられてしまった
    人々のためにと、本気になって、芝公園によしず張りの小さい
    「花の茶屋」という料亭を造った。「花の茶屋」がまた当たって、どこかへ、
    今少し大きな店を出したらと言われているうちに、星岡の話があった。
    建築が気に入って、長尾半平という方の紹介で、藤田謙一氏から
    借り受けるようになって、あそこで商売することになったわけだ。

P.322 えて栄養食と称するものは、病人か小児が収監されているときのような
    不自由人だけにあてはまるもので、食おうと思えばなんでも食える
    自由人には、ビタミンだのカロリーなど口喧しく言う栄養論者の説など
    気にする必要はない。
     好きなものばかりを食いつづけていくことだ。好きなものでなければ
    食わぬと、決めてかかることが理想的である。
     鶏や飼い犬のような宛てがいの料理は真の栄養にはならない。
    自由人には医者が言うような偏食の弊はない。偏食が災いするまでには、
    口のほうで飽きが来て、転食するから心配はない。

P.330 客になって料理を出されたら、よろこんで早速いただくがよろしい。
    遠慮しているうちに、もてなした人の心も、料理も冷めて、不味くなった
    ものを食わねばならぬ。しかも、遠慮した奴にかぎって、食べ出せば
    大概大食いである。
                  *
    腹が空ってもひもじゅうない、と言うようなものには食わせなくてもよい。
    腹がいっぱいでもまだ食いたい、と言うようなやつにも食わせなくてもよい。
                  *
    食事の時間がきたから食事をするという人がある。食事の時間だから
    食べるのでなく、腹が空ったから食べるのでなければ、美味しくはない。
    美味しいと思わぬものは、栄養にはならぬ。美味しいものは必ず
    栄養になる。

P344 こぶの出汁を取りますのは、こぶを水でぬらしただけで、五分間か
   三分間、間をおき、こぶの表面がほとびれた感じのする時、水道の水で、
   ジャーッとさせないで、音もせず身動きもしないで、トロッと出る水をこぶに
   受けながら、指先で器用にいたわって、だましだまし、こぶの表面の砂、
   ゴミみたいなものを落とすのです。そのこぶを熱湯の中へサッと通す。
   それでいいのであります。これでは、出汁が出たかどうかと訝かられる
   かも知れませんが、これで充分、出汁ができているので、出たか
   出ないかは、ちょっと汁をなめてみるのです。これで、実に気の利いた
   出汁ができています。量はどれくらい要るかは、実習いたしますと、
   すぐお判りになります。この出汁は、たいの潮などのときは、ぜひとも
   これでなくてはなりません。こぶを湯からサッと通したきりで上げて
   しまうのは、なにか惜しいように考えて、長くいつまでも煮るのは、
   こぶの底の甘い味が出て、決して気の利いた出汁はできません。
   京都辺では引き出しこぶといって、なべの一方からこぶを湯に入れて、
   底をくぐらして、一方から引き上げる、こうしたやり方をしていますが、
   これでありますと、どんなやかましい食通でも満足し、文句がないと
   いうことをいっています。

  『日本料理の基礎観念』
  http://www.aozora.gr.jp/cards/001403/files/49990_37893.html

P.358 今の料理人に、果たして米の飯を完全に美味く炊ける人が
   あるのだろうかという問題については、私はこれを危ぶまずには
   いられないひとりである。そもそも米の飯を、日本料理中、もっとも大切な
   料理のひとつだと心得ているものがあるのだろうか――私の感じるところを
   素直に言えば、米の飯こそ料理中重要な料理の一品であって、しかも
   宴会などにおいては、最後のとどめを刺す役まわりをするものであるから、
   これが不完全な飯であった場合は、せっかく数々の苦心の料理も
   水の泡である。事実、飯の美味い不味いは全料理の上に、大きな
   影響を及ぼすものであるが、試しに一流の料理人に向かって、
   「飯が炊けるか」と問う人があるとするなら、おそらくノーと言うのに手間は
   かかるまい。これはたしかに米の飯は料理の中のひとつであることを
   意識していないことに由来するものである。それゆえ、もとより飯の
   炊けないことを、料理人の恥辱だなぞとは夢にも心得ないのみか、
   むしろ、飯を炊くような料理人がいれば、それこそ料理人の恥辱だぐらいに
   考えているであろう。

コメント

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索