7月29日の日記

2012年7月29日 読書
米澤穂信『遠まわりする雛』角川書店

地の文の奉太郎の語りがとても好い感じ.
『氷菓』の感想で,千反田のことは書いたけど
奉太郎とか他の部分に触れなかったのは
ちょっとエラ張ってる感じもしてたからで
その,ちょっと意地悪したくなるような角張りが
滑らかになっていて,とても好い感じだった.
著者の変化か,奉太郎の変容の表現なのか.

◇メモ
P.12 「そうか。大変だな。ところで『ケンサンを積む』のサンの字って
    どう書いたかな」
   「忘れた字ならともかく、書けない字を使うのは感心しないな。
   『がんばります』って書いておけば?」
P.22 その辺りで充分近い、という距離からさらに半メートルほど
   詰め寄って、千反田は足を止める。

P.68 聖人君子に、向学心はともかく好奇心は似合わない。
P.89 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」とはよく聞く言い回しだが、
   ロマンティックの意味が辞書を引いてもピンと来ない現代では、
   枯れ尾花なのは幽霊だけではないだろう。そして世の幽霊たちは、
   次々と枯れ尾花だと看破され続けている。そんな中では、むしろ
   幽霊を幽霊のままにしておく方が、俺たちにとっては難しいかもしれない。
P.101 千反田は俺の枕元にかがむと、そっと声をかけてきた。
P.102 そう思いながら目を開けると、想像よりもずっと近くに千反田の顔が
    あった。このお嬢様は、一般人よりもパーソナルスペースが狭い。
    そいつでぎょっとさせらえたことは一度や二度ではないのだ。
    湯上りの桜色の頬、濡れて輝く黒髪。思わず目を逸らす。
P.139 「それも並の慌て方じゃない。この放送は、緊急を
    要するものだったと考えられる」
    「……それは?」
    気がつくと、ノートを挟んだ俺と千反田は互いに上体を
    乗り出し過ぎていた。大きな瞳が間近にあることに気づいて、
    俺は身を引いた。気分を落ち着ける。
    「なぜなら、この放送が放課後に行われたからだ」
    千反田のほうは乗り出した身をそのままに、不満そうに
    くちびるを尖らせる。
    「途中経過を省かないでください」
    「省く! 甘美な響きだ……」
    「おれきさん」
     む、これはいけない。千反田が上目遣いになっている。
     別に俺は途中を省いたのではなく、先に結論を言っておかないと
    自分自身思いついたことを忘れてしまいそうだったから、ああいう
    言い方をしたまでなのだが。釈明するより、説明した方がよさそうだ。
P.246 伝説の役満『一筒撈月』
    …一筒摸月とも.%海底で引いたツモ和了牌が一筒のとき.
      一筒を月に見立て,水面に沈んだ月を掬い取ってあがるという趣向.

P.275 「信長が朝倉を攻めていたとき、信長の妹婿の浅井が裏切った。信長の
    妹は、陣中の信長に小豆袋を贈った。その袋は上下が縛られていた。
    信長はそれを見て、自分が袋のねずみであることを妹が伝えてきたことを
    悟った。……ま、どこまで本当か知らないけどな」
     偉そうに言っているが、これは前に里志から借りたコミックで得た知識だ。
    あのコミックを読んだのは、確か、夏休みの温泉合宿でのことだったか。
    それなりに知られたエピソードらしく、昼間ごろごろしながら見ていたドラマ、
    「新春ドラマスペシャル 風雲急小谷城」でもやっていた。袋一つでそんなに
    上手くいくかよ、どうとでも工夫して手紙送れよ、と思っていたのだが……。
    いまは、上手くいってもらわないと非常に困る。

P.288 里志の巾着は、四六判の本がかろうじて入るサイズ。
    … 四六全判 788mm×1091mm
       四六全判32枚どり(64ページ分)を化粧裁ちした大きさ.
       127mm(四寸二分)×188mm(六寸二分) B6判よりやや大きい.
P.336 折木奉太郎は、比較的、日本語が堪能なほうではないかと自負している。
P.337  加えて、論理的とまではいかないまでも、すじ道だった考え方で
    自分の思考を整理するタイプだとも思っている。
     しかしその日、神山市の水梨神社の境内で、春のある日、午前十一時
    四十五分前後、十二単を着て歩く千反田を見たとき。
     なぜ自分が「しまった」と思ったのか、どうも、うまい言葉が出てこなかった。
     いろいろ考えたが、どうしても、説明はできなかった。やらなくても
    いいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に。
    この省エネ主義が、致命的に脅かされている。そんな予感だけがあって、
    それがなぜなのか、言葉にできない。
     俺は、ひたすらに、これはしまった、これは良くないぞと思っていたのだ。

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