米澤穂信『クドリャフカの順番―「十文字」事件』角川書店
ちーちゃんが策士を志しての顛末が素敵.
河内先輩と伊原の論戦がなかなか面白い.
なんか,河内よりのところに居そうな自分.
もちろん,どちら側としてディベートしても
面白いネタではある.伊原には荷が重いか?
他にも小ネタいろいろ面白いし,大ネタというか
227頁の後書きから奉太郎がでっちあげるところ
なかなか壮大だけど,供恵の企みが見え難い.
という感じで楽しんだのは確かなんだけど……
だ~,読み難いったらありゃしない.
古典部の四人で入れ替わる地の文が
千反田以外,句読点ないし語尾の工夫不足.
◇メモ
P.22 タンクデサントとか、運鈍根とか。
…前者は戦車跨乗,後者は報連相と同じ穴の狢.
P.30 摩耶花がいいってことには気づきもしないくせに、ホータローは
僕が摩耶花の告白から逃げ続けることを訝しく思ってる節がある。
ま、ホータローはお世辞にも機微に通じてるとは言い難い。その理由を
ただ語ったところが、十分の一も理解してもらえるかどうか。もっとも、
これは僕と摩耶花の問題で、ホータローにわかってもらう必要は
全然ないとも言えるんだけど。
P.36 三十部を一部四百円 二百部が完売する場合百二十円まで下げられる
P.63 緑柱石 BeとAlを主体とする珪酸塩鉱物 緑柱玉 エメラルド
P.86 「大体さ、この世につまんない漫画なんてあるわけないんだから、
面白いとかつまんないとかいうのを百回も繰り返すなんて
無駄もいいとこだよ。意味なし意味なし。ねぇ?」
P.88 「どんな漫画だってさ。全部、名作になりうるじゃない。誰かの『わたしの心の
一冊』には、どんな作品だってなりうるじゃない。千人中九百九十九人までが
駄目だって言ったってね。それなのに大して広い見方ができるわけでも
ないのにあれがつまらないこれは駄目って賢しらに、
偏見を撒き散らしてるだけでしょ?はっきり、有害よ」
P.89 「先輩は『主観次第でどんな作品でも名作になりうる。だから、これは
悪い作品だと言うことは無意味どころか有害でさえある』って
言っているんですよね」
P.89 「『主観次第でどんな作品でも駄作になりうる。だから、これは良い作品だと
言うことは無意味どころか有害でさえある』って言ってることになりませんか?」
これには、イエスと言えないはずだった。そしてノーと言ったなら、先輩は
自分の意見をより穏やかに言い換えなければいけないはずだった。
だけど、決定的な矛盾を突いたつもりだったのに、河内先輩の笑みは
そこで、深くなったのだ。
「その通りよ」
P.90 「だってそうでしょ。伊原だってそう思ってるんじゃない?
つまらないってのは漫画がつまらないって意味じゃない。その漫画の面白さを
感じるアンテナが低かったことを『つまらない』って言うんだって。だから、
激しい言葉を使いたくない腰抜けさんたちは『つまらない』のことを
『自分には合わなかった』って言ったりするんでしょ。
だったら、もちろんのことよね。面白いってのは、漫画が面白いって
意味じゃないよ。その漫画の面白さを感じるアンテナが高いことを
『面白い』って言うの。わかるでしょ?」
P.91 「でもね。名作はありうるよ。
長い年月、沢山の鑑賞者、そういったものに洗われ洗われして、どんどん
ふるいにかけられて、段々と最大公約数だけが残っていく。それを便宜的に
『名作』って呼ぶの。ね? 最大公約数って言い方が気に入らないなら、
『普遍性を獲得しているもの』って言い換えてもいいよ。おんなじことでしょ。
だから言うのよ、漫研で評論なんてやるのは、あたしやあんたが
あれが良いだのこれが悪いだの言うのは、馬鹿げてるって。思い上がり
だって言うのよ。そんなことはやめて、与えられたものでけらけら
笑っていればいいのよ」
「じゃあ先輩は」
ほとんど脊髄反射のように素早く、わたしは言い返す。
「名作の予感とか、天才の片鱗とかは認めないんですか。このひとは、
この作品は確かにすごい、絶対に後々まで残る価値があるって
唸ることは、認めないんですか」
「くどいね、伊原。認めるわけないでしょ。それこそあんたの勝手、
主観的問題よ。時間に淘汰されてないものに変に思い入れるのが
間違いだって言ってるんだから」
P.134 千反田さんの動きはますます冴える。豆腐を布巾に包んで絞り上げ、
すり鉢にあけて、塩と砂糖を振り掛ける。フライパンが温まっている。
いや、ただのフライパンじゃない、黒ゴマが油で炒められている。
豆腐をすって、フライパンにまんべんなく。実況が叫んだ。
『おおーっと、チーム古典部、あ、あれはぎせ焼き! 泣かせます、
泣かせますチーム古典部、中堅千反田!』
その間にもフライパンの中味をひっくり返し
フライパンからは程よく色づいた豆腐が出てくる。
その豆腐に包丁で切れ目を入れ、皿に。
Wikipedianの『擬製豆腐』が詳しい.美味しそうな作り方の例として……
=================================================================
水上勉『土を喰う日々―わが精進十二ヵ月』新潮文庫
P.164 さてここまで書いてきて、擬製豆腐と淡雪豆腐のことを思いだした。
豆腐に油をたっぷりつかって、栄養を考えたいためものは絶品である。
先ず豆腐をよく水を切っておき、裏ごししてから、いり鍋でよく炒めるのだが、
こえに、椎茸、ぎんなん、キクラゲ、にんじん、たけのこをこまかくきざんで、
いりいため、塩、砂糖で味付けたものを豆腐にまぜて、卵やき鍋に入れ、
平におさえながら形を楽しみにして焼くのだ。ひっくりかえし、よく裏も
焼かねばならぬ。
=================================================================
P.150 あれのお味は、わたし、気になりません。
「知らない方が幸せなこともある」という言葉には
これまで賛成できませんでしたが、きょうからちょっとだけ宗旨替えです。
P.154 千反田の、全体として清楚な印象をただ一ヶ所裏切る大きな目、
その瞳の黒目が、きゅっと大きくなる。まとう空気さえ変わった気がする。
P.165 頼りすぎてはいけないと常々気にはしているのですが……。
…気にしてはいるのですが ??
P.226 「売り物置いて休憩に行くな。このブローチどうしたの?もらっとくよ。交換の
ブツは氷菓の上。これがヒマツブシになるかどうかは、あんた次第だね」
P.226 「夕べには骸に」 「安心院 鐸玻」
P.269 わたし、少し、トゲのようなものを感じていました。いえ、吉野さんの
言葉にではありません。自分の心の中に、引っ掛かりを感じているのです。
それはこの文化祭期間中、ずっとわたしの中にあった気がします。
それがいま、この放送で、ちくりと動いた感じです。
P.273 そろそろ、幕が下りるタイミングかもしれない。
「…………」
俺の視線は、群衆の中を走った。
そして、その直後。
閃光が目を焼いた。
P.282 「私も考えが浅かった。お前が私のいうことを、そのまま再現しようと
するとは思わなかった。
お前がいろいろ考えてあの放送に臨んだのは、わかる。恐らく
あらかじめメモも用意して行ったんだろう。だがはっきり言っておこう、
お前にはあれは向かない」
わたしは、知らないうちに小さく頷いていました。
一旦切り出してしまえば、入須さんは言葉を緩めるような方ではありません。
「私は、お前が自助しようとする人間だと知っている。
私の目が曇ってなければだが。
だが、お前がああやって『期待』を操ろうとすると、どうもいけない。
お前の話し方、お前の物腰であれをやろうとすると、どうにも甘えて
いるように聞こえる。頼られていると誤解させるのは非常に有効だ。
だが、甘えられていると誤解されるのは、長期的どころか短期的にも
リスクが大きすぎる」
大変に、厳しいご意見だと思います。
そうです、わたし、ラジオ放送の後に感じたトゲの正体に自分でも
気付いていました。あのとき、いえ、この三日間、わたしは自分が
皆さんに寄かかりすぎているのではないかというのが、
とても気になっていたのです。
これまでは、折木さんとの関係で気になることが多かったのですが。
わたしがわからないことを折木さんがわかってしまうために、わたしは
わたしができることを充分にしなかったのではないかという不安が
拭えないことはよくありました。
ですが。
不特定多数の方々に甘えているというのは、少なくともそう取られて
しまうというのは、なんと言いますか……。そう、折木さん風に言うなら、
わたしの生活信条に大きく反しています。
自分の問題を解決するのに他人様の力を借りなければいけないことは、
大変によくあることです。文集を売るのに、古典部だけでは確かに
どうしようもありませんでした。ですがわたしは、多少不慣れからでしょう、
期待することと甘えることを、上手く切り離せていなかったのでは
ないでしょうか。昨夜、寝室で感じた奇妙な疲労感。あれは、そうした
不安の表れではなかったでしょうか?
少し怖れの混じった声で、わたしは訊きます。
「そんなふうに、聞こえましたか?」
入須さんは手を顔の横まで持ってくると、小指だけを立ててみせました。
小指一本、というのは、
「……彼女?」
「いや。小指の先ほど、な」
ああ。
入須さんは続けます。
「ふりで続けていたことが、いつの間にか本心に摩り替わるなんて
よくあることだ。確かにお前の交渉術はまるでなってない……。
が、そならそれは他の、それができるやつに期待することだ。
私の言ったことを真に受けて、下手に画策するのだけは止めた方がいい。
餅は、餅屋だ。単刀直入な言い方しかできないのはお前の弱点だが、
他では得がたい武器でもある。その……、わかるか?」
わかります。入須さんは、わたしを心配してくれているんだ、ということも。
ですが、入須さんには申し訳ないのですが、それは杞憂です。
わたしは入須さんを安心させるように微笑んで、言いました。
「ええ。わたしも思っていました。……こういうことは、まるで
わたし向きじゃありません。ええと、つまりですね。……もう、こりごりです。
入須さんも、少しだけ、微笑んだようでした。
P.287 「冗談よ。本当なわけないじゃない。誰の、どんな作品も、主観の
名の下に等価だなんて、そんあこと本気で言ってるわけないじゃない。
冗談が通じないね、伊原ってさ」
P.288 「逃げ切れないもんだね」
「……?」
「あたし、それ読んでないんだ。途中までしか。途中でやめた。
捨てはしなかったけどさ、さすがに。でも、もう読まないと思ったな。
なんでか、わかる?」
P.288 「読めばわかる。そう言ったね?そうだね、わかるよ。わかっちゃうんだ。
でもほら、そういうの、認めたくないでしょ。
あんたなら、どうよ。あんまり漫画読まないねって思ってた友達がさ、
初めての原作でさ、それを描いたとしたらさ……。
ねえ、洒落にならないと思うでしょ」
P.289 「だから、それは押入れの奥。一番奥の、箱の中。見ないことにして、
ついでに名作なんてどこにもないことにもしてたのにね。ほんと
逃げ切れないもんだわ。まさか、去年のカンヤ祭でちょこっと売ったはずの
そいつを、一年生につきつけられちゃうとはね。それも、カンヤ祭の日にさ。
……つくづく、廻りあわせだね」
P.289 「折角手に入れたのに悪いけど、あたしそれ読まないから。
あんたのじゃないんだったら、持ち主に返しな。だってさ、ほら。
読んじゃったら電話しちゃうじゃない。でも電話して、『読んだよ、あんたの。
すごいじゃない!次のも期待してるね!』とか言えないじゃない。ねえ?」
P.297 あんじょう、はるな。%安城春菜
くがやま、むねはる。陸山宗芳
たなべ、じろう。 %田辺治朗
%安心院鐸玻 あじむたくは
P.303 校了原稿のページの間にナトリウムを挟んでおきます。
ちーちゃんが策士を志しての顛末が素敵.
河内先輩と伊原の論戦がなかなか面白い.
なんか,河内よりのところに居そうな自分.
もちろん,どちら側としてディベートしても
面白いネタではある.伊原には荷が重いか?
他にも小ネタいろいろ面白いし,大ネタというか
227頁の後書きから奉太郎がでっちあげるところ
なかなか壮大だけど,供恵の企みが見え難い.
という感じで楽しんだのは確かなんだけど……
だ~,読み難いったらありゃしない.
古典部の四人で入れ替わる地の文が
千反田以外,句読点ないし語尾の工夫不足.
◇メモ
P.22 タンクデサントとか、運鈍根とか。
…前者は戦車跨乗,後者は報連相と同じ穴の狢.
P.30 摩耶花がいいってことには気づきもしないくせに、ホータローは
僕が摩耶花の告白から逃げ続けることを訝しく思ってる節がある。
ま、ホータローはお世辞にも機微に通じてるとは言い難い。その理由を
ただ語ったところが、十分の一も理解してもらえるかどうか。もっとも、
これは僕と摩耶花の問題で、ホータローにわかってもらう必要は
全然ないとも言えるんだけど。
P.36 三十部を一部四百円 二百部が完売する場合百二十円まで下げられる
P.63 緑柱石 BeとAlを主体とする珪酸塩鉱物 緑柱玉 エメラルド
P.86 「大体さ、この世につまんない漫画なんてあるわけないんだから、
面白いとかつまんないとかいうのを百回も繰り返すなんて
無駄もいいとこだよ。意味なし意味なし。ねぇ?」
P.88 「どんな漫画だってさ。全部、名作になりうるじゃない。誰かの『わたしの心の
一冊』には、どんな作品だってなりうるじゃない。千人中九百九十九人までが
駄目だって言ったってね。それなのに大して広い見方ができるわけでも
ないのにあれがつまらないこれは駄目って賢しらに、
偏見を撒き散らしてるだけでしょ?はっきり、有害よ」
P.89 「先輩は『主観次第でどんな作品でも名作になりうる。だから、これは
悪い作品だと言うことは無意味どころか有害でさえある』って
言っているんですよね」
P.89 「『主観次第でどんな作品でも駄作になりうる。だから、これは良い作品だと
言うことは無意味どころか有害でさえある』って言ってることになりませんか?」
これには、イエスと言えないはずだった。そしてノーと言ったなら、先輩は
自分の意見をより穏やかに言い換えなければいけないはずだった。
だけど、決定的な矛盾を突いたつもりだったのに、河内先輩の笑みは
そこで、深くなったのだ。
「その通りよ」
P.90 「だってそうでしょ。伊原だってそう思ってるんじゃない?
つまらないってのは漫画がつまらないって意味じゃない。その漫画の面白さを
感じるアンテナが低かったことを『つまらない』って言うんだって。だから、
激しい言葉を使いたくない腰抜けさんたちは『つまらない』のことを
『自分には合わなかった』って言ったりするんでしょ。
だったら、もちろんのことよね。面白いってのは、漫画が面白いって
意味じゃないよ。その漫画の面白さを感じるアンテナが高いことを
『面白い』って言うの。わかるでしょ?」
P.91 「でもね。名作はありうるよ。
長い年月、沢山の鑑賞者、そういったものに洗われ洗われして、どんどん
ふるいにかけられて、段々と最大公約数だけが残っていく。それを便宜的に
『名作』って呼ぶの。ね? 最大公約数って言い方が気に入らないなら、
『普遍性を獲得しているもの』って言い換えてもいいよ。おんなじことでしょ。
だから言うのよ、漫研で評論なんてやるのは、あたしやあんたが
あれが良いだのこれが悪いだの言うのは、馬鹿げてるって。思い上がり
だって言うのよ。そんなことはやめて、与えられたものでけらけら
笑っていればいいのよ」
「じゃあ先輩は」
ほとんど脊髄反射のように素早く、わたしは言い返す。
「名作の予感とか、天才の片鱗とかは認めないんですか。このひとは、
この作品は確かにすごい、絶対に後々まで残る価値があるって
唸ることは、認めないんですか」
「くどいね、伊原。認めるわけないでしょ。それこそあんたの勝手、
主観的問題よ。時間に淘汰されてないものに変に思い入れるのが
間違いだって言ってるんだから」
P.134 千反田さんの動きはますます冴える。豆腐を布巾に包んで絞り上げ、
すり鉢にあけて、塩と砂糖を振り掛ける。フライパンが温まっている。
いや、ただのフライパンじゃない、黒ゴマが油で炒められている。
豆腐をすって、フライパンにまんべんなく。実況が叫んだ。
『おおーっと、チーム古典部、あ、あれはぎせ焼き! 泣かせます、
泣かせますチーム古典部、中堅千反田!』
その間にもフライパンの中味をひっくり返し
フライパンからは程よく色づいた豆腐が出てくる。
その豆腐に包丁で切れ目を入れ、皿に。
Wikipedianの『擬製豆腐』が詳しい.美味しそうな作り方の例として……
=================================================================
水上勉『土を喰う日々―わが精進十二ヵ月』新潮文庫
P.164 さてここまで書いてきて、擬製豆腐と淡雪豆腐のことを思いだした。
豆腐に油をたっぷりつかって、栄養を考えたいためものは絶品である。
先ず豆腐をよく水を切っておき、裏ごししてから、いり鍋でよく炒めるのだが、
こえに、椎茸、ぎんなん、キクラゲ、にんじん、たけのこをこまかくきざんで、
いりいため、塩、砂糖で味付けたものを豆腐にまぜて、卵やき鍋に入れ、
平におさえながら形を楽しみにして焼くのだ。ひっくりかえし、よく裏も
焼かねばならぬ。
=================================================================
P.150 あれのお味は、わたし、気になりません。
「知らない方が幸せなこともある」という言葉には
これまで賛成できませんでしたが、きょうからちょっとだけ宗旨替えです。
P.154 千反田の、全体として清楚な印象をただ一ヶ所裏切る大きな目、
その瞳の黒目が、きゅっと大きくなる。まとう空気さえ変わった気がする。
P.165 頼りすぎてはいけないと常々気にはしているのですが……。
…気にしてはいるのですが ??
P.226 「売り物置いて休憩に行くな。このブローチどうしたの?もらっとくよ。交換の
ブツは氷菓の上。これがヒマツブシになるかどうかは、あんた次第だね」
P.226 「夕べには骸に」 「安心院 鐸玻」
P.269 わたし、少し、トゲのようなものを感じていました。いえ、吉野さんの
言葉にではありません。自分の心の中に、引っ掛かりを感じているのです。
それはこの文化祭期間中、ずっとわたしの中にあった気がします。
それがいま、この放送で、ちくりと動いた感じです。
P.273 そろそろ、幕が下りるタイミングかもしれない。
「…………」
俺の視線は、群衆の中を走った。
そして、その直後。
閃光が目を焼いた。
P.282 「私も考えが浅かった。お前が私のいうことを、そのまま再現しようと
するとは思わなかった。
お前がいろいろ考えてあの放送に臨んだのは、わかる。恐らく
あらかじめメモも用意して行ったんだろう。だがはっきり言っておこう、
お前にはあれは向かない」
わたしは、知らないうちに小さく頷いていました。
一旦切り出してしまえば、入須さんは言葉を緩めるような方ではありません。
「私は、お前が自助しようとする人間だと知っている。
私の目が曇ってなければだが。
だが、お前がああやって『期待』を操ろうとすると、どうもいけない。
お前の話し方、お前の物腰であれをやろうとすると、どうにも甘えて
いるように聞こえる。頼られていると誤解させるのは非常に有効だ。
だが、甘えられていると誤解されるのは、長期的どころか短期的にも
リスクが大きすぎる」
大変に、厳しいご意見だと思います。
そうです、わたし、ラジオ放送の後に感じたトゲの正体に自分でも
気付いていました。あのとき、いえ、この三日間、わたしは自分が
皆さんに寄かかりすぎているのではないかというのが、
とても気になっていたのです。
これまでは、折木さんとの関係で気になることが多かったのですが。
わたしがわからないことを折木さんがわかってしまうために、わたしは
わたしができることを充分にしなかったのではないかという不安が
拭えないことはよくありました。
ですが。
不特定多数の方々に甘えているというのは、少なくともそう取られて
しまうというのは、なんと言いますか……。そう、折木さん風に言うなら、
わたしの生活信条に大きく反しています。
自分の問題を解決するのに他人様の力を借りなければいけないことは、
大変によくあることです。文集を売るのに、古典部だけでは確かに
どうしようもありませんでした。ですがわたしは、多少不慣れからでしょう、
期待することと甘えることを、上手く切り離せていなかったのでは
ないでしょうか。昨夜、寝室で感じた奇妙な疲労感。あれは、そうした
不安の表れではなかったでしょうか?
少し怖れの混じった声で、わたしは訊きます。
「そんなふうに、聞こえましたか?」
入須さんは手を顔の横まで持ってくると、小指だけを立ててみせました。
小指一本、というのは、
「……彼女?」
「いや。小指の先ほど、な」
ああ。
入須さんは続けます。
「ふりで続けていたことが、いつの間にか本心に摩り替わるなんて
よくあることだ。確かにお前の交渉術はまるでなってない……。
が、そならそれは他の、それができるやつに期待することだ。
私の言ったことを真に受けて、下手に画策するのだけは止めた方がいい。
餅は、餅屋だ。単刀直入な言い方しかできないのはお前の弱点だが、
他では得がたい武器でもある。その……、わかるか?」
わかります。入須さんは、わたしを心配してくれているんだ、ということも。
ですが、入須さんには申し訳ないのですが、それは杞憂です。
わたしは入須さんを安心させるように微笑んで、言いました。
「ええ。わたしも思っていました。……こういうことは、まるで
わたし向きじゃありません。ええと、つまりですね。……もう、こりごりです。
入須さんも、少しだけ、微笑んだようでした。
P.287 「冗談よ。本当なわけないじゃない。誰の、どんな作品も、主観の
名の下に等価だなんて、そんあこと本気で言ってるわけないじゃない。
冗談が通じないね、伊原ってさ」
P.288 「逃げ切れないもんだね」
「……?」
「あたし、それ読んでないんだ。途中までしか。途中でやめた。
捨てはしなかったけどさ、さすがに。でも、もう読まないと思ったな。
なんでか、わかる?」
P.288 「読めばわかる。そう言ったね?そうだね、わかるよ。わかっちゃうんだ。
でもほら、そういうの、認めたくないでしょ。
あんたなら、どうよ。あんまり漫画読まないねって思ってた友達がさ、
初めての原作でさ、それを描いたとしたらさ……。
ねえ、洒落にならないと思うでしょ」
P.289 「だから、それは押入れの奥。一番奥の、箱の中。見ないことにして、
ついでに名作なんてどこにもないことにもしてたのにね。ほんと
逃げ切れないもんだわ。まさか、去年のカンヤ祭でちょこっと売ったはずの
そいつを、一年生につきつけられちゃうとはね。それも、カンヤ祭の日にさ。
……つくづく、廻りあわせだね」
P.289 「折角手に入れたのに悪いけど、あたしそれ読まないから。
あんたのじゃないんだったら、持ち主に返しな。だってさ、ほら。
読んじゃったら電話しちゃうじゃない。でも電話して、『読んだよ、あんたの。
すごいじゃない!次のも期待してるね!』とか言えないじゃない。ねえ?」
P.297 あんじょう、はるな。%安城春菜
くがやま、むねはる。陸山宗芳
たなべ、じろう。 %田辺治朗
%安心院鐸玻 あじむたくは
P.303 校了原稿のページの間にナトリウムを挟んでおきます。
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