8月10日の日記

2012年8月10日 読書
友桐夏『星を撃ち落とす (ミステリ・フロンティア)』東京創元社

この透き通った感覚!友桐夏だ~!!
読み始めは悪意がいろいろ気になるけれど
途中で,え?そして,あれ??という感じで
鮮やかに心象風景が変わっていくのが凄い.

『白い花の舞い散る時間』は衝撃的だったけれど
その後に『みーまー』の衝撃を経験してからは
友桐夏作品では衝撃というより清澄さを第一に感じる.
もはや絶滅種か?な絶滅危惧種,少女小説.

◇メモ
P.8 有名私立高校の受験に失敗し、非の打ちどころのない経歴を誇る両親と
  兄たちからさりげなくも完璧なネグレクトに遭ったのをきっかけに、
  自分の心を守るため、百パーセントの関心を文字通り世界へ向けたのだ。
  失意と絶望の真っただ中で荷物をまとめ、同じく一族の落伍者と見なされていた
  ニート歴八年の叔父を道連れに、「馬鹿は消えます」と書き残して日本を発った。
  そして丸三年と五日、計千百日間――祖父母を拝み倒してせしめた五百万円
  足らずの所持金で、合計七十三カ国を渡り歩いた。

P.80 「あれって確か流れ星自体に願うんじゃないんですよ。神々が天の扉を
    少し開けて隙間から地上の様子を見ている時、天国からこぼれ落ちた
    光が流れ星なんだそうです。だから、流れ星が消えないうちに願い事を
    すると、神様に届きやすいってことらしいですよ。流星群の夜なら、
    明け方まで天の扉は開けっ放しなのかもしれませんんね」

P.81 「――でも、流れ星の解釈って、国によってずいぶん違うんだそうです。
   願い事をすれば叶うとか幸運の象徴とするのは北アメリカやヨーロッパから
   アジアにかけての解釈で、バルト海沿岸から中部ヨーロッパにかけての
   地域では、不幸や死の前兆とみなしているそうです。人はそれぞれ
   自分の星を持っていて、誰かが死んだ時、その人の星が流れ星となって
   落ちる――なんて伝承があって。アジアの一部では同じ説が採られていて、
   だから『三国志』にも流星を見た司馬仲達が諸葛孔明の死を知るって
   エピソードがあったりします」

P.101 美雲は有騎の様子に頓着せず、夜空の一点を指で示した。
    「あれ、プロキオンっていうのよ。私のお気に入りの星なの」

P.101 「その通り。教科書に必ず出てくる星だものね。シリウスやオリオン座の
    ペテルギウスに比べるとプロキオンは無名に近い気がするけど、
    シリウスより早く夜空に姿をあらわすの。天の川を挟んでシリウスと
    相対するのよ。だからその名前には、ギリシャ語で『犬に先立つもの』とか
    『犬の先駆け』って意味があるらしいわ。あの有名なシリウスと張り合ってる
    みたいで、妙に好きなの。日本では『色白』とも呼ばれていたわね。

P.125 私は二階の自分の部屋にいたわ。
    こことそっくりの部屋よ。
    カーテンもチェスともテーブルも。内倒し窓があって、バルコニーがあって。
P.137 「だとすればね、いちばん可能性が高いのはフランス南部の田舎だと
    思うの。彼女の記録の中に、内倒し窓って言葉が出てきたわよね。私、
    フランスの民家は内倒し窓が多いって記述を読んだ覚えがあるのよ」
P.155 ――大学時代の友達が送ってくれた写真なんだ。このパネルはその中の
   一枚を引き伸ばしたものだよ。身体も声も小さい気弱な男だったのに、
   「寝袋とカメラだけを持って死ぬまで世界を歩き倒したい」なんてことを
   よく言ってたな。そいつが、卒業の何年後かに、本当に日本を発って
   しまったんだ。当時、十五歳か十六歳くらいの女の子と一緒に。

P.186 四阿の中央に設置された石造りの丸いテーブルには、占い師が
   使うような真っ黒なクロスがかけられている。テーブルを囲む三脚の椅子は
   館から運び出されたものだった。クロスの上には背の高いシンプルな
   形状のステンレスポットと、角砂糖の詰まった小さなプラスチック容器。
   テーブルの円周に沿ってメラミン製の白いカップが等間隔に伏せられている。
    何かに似ている。
    有騎は思ってすぐに微笑した。
    冬の大三角だ。オリオン座のペテルギウス、おおいぬ座のシリウス、
   こいぬ座のプロキオン。
    ふたご座流星群の夜以来、美雲から事あるごとに教えられて、
   さすがに憶えた。偶然か故意か、テーブルクロスが黒いせいで、
   三つのカップが星に見える。プロキオンが美雲なら、天の川を挟んで
   相対するシリウスの座につくのが鮎子。では私は、余りもののペテルギウスか。
   超新星爆発という運命を背負って燦然と輝く赤色超巨星だ。悪くない。

P.217 「人に目障りだと思われるのは、その人のコンプレックスを刺激する
    何かを持ってるってことでしょう。今の自分というものを素直に
    受け入れている人格者ならどんな相手を前にしても目障りとは
    感じないはずだけど、欠落を自覚していて人格者でもないその他大勢は、
P.218 自分の持つ欠点を楽々とクリアしているように見える他人を見るとムッと
    するのよ。自分はその人より劣ってるんだと思えるから」
    「そんな一面的な」
    「多面的に物事を見られる人なんて、津上さんが思ってるほどいないって。
    どうしたって手が届かない。だから目障りで仕方ない。だから撃ち落して
    やりたくなった。つまりそういうことなんじゃないの、長岡さんも。
    見える範囲内でもっとも明るく輝く一等星を、地上に転がる
    ただの石コロにしてやるつもりでいたのよ。ま、逆に言えば
    それだけ永瀬さんや津上さんに憧れてたってことかもね」

P.234 四阿のテーブルには何枚かの湿った葉っぱが落ちていたものの、
   黒いテーブルクロスに正三角を描いて置かれた三つのカップからは
   何事もなかったかのように白い湯気が立っていた。

P.239 よほど幼い頃から興味を引く「何か」を心に持っていて、自分と他人の
    容姿を比較したり自分の顔型をじっくり眺めるといったことを
P.240 してこなかったに違いない。星空に見とれて育った私と同じだ。
    共通点を見出して以来、ひそかに親近感を抱いている。
    あの洋菓子店の息子が血迷ったのも無理はない。
    それに、長岡茉歩が過剰に有騎を敵視したのも。
    大皿に手をのばしながら有騎の横顔を眺めて、美雲はとりとめもなく
   考えを巡らす。
    茉歩と鮎子の断絶だって、結局は有騎の外見が引き金になったのでは
   ないだろうか。あの二人に関わったのが有騎ではなく他の誰かであったなら、
   おそらく茉歩は鮎子の手を離さなかった。相手が有騎だったからこそ
   危機感を覚え、鮎子に背中を向けられるよりはと、自分から先に背中を
   向けたのだろう。一度でも積極的に夕騎とコミュニケーションをとろうと
   試みていれば、有騎が他人を必要とする人間ではないとわかっただろうに。
    一目で敗北を悟らせるほど輝きに満ちた一等星。
    それが茉歩にとっての有騎だったのだ。
    有騎にとっては災難以外のなにものでもなく、この点に限っては
   責任を求められない。彼女はなんの作為もなく、ただ鮎子と
   関わっただけなのだから。あえて言うなら有騎という少女を見る
   茉歩の目と心にこそ、破滅を招くような何かが存在したのだろう。
   星を撃ち落してやりたいと望む、尊大な何かが。


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