荻原規子『RDG2 レッドデータガール はじめてのお化粧』カドカワ銀のさじシリーズ
鳳城学園に来て寮に入った泉水子が馴染めるかなという
学園もの風味で始るものの,中々派手な展開で読ませる.
やっと?心情的に親近感をもてるキャラが出てきた.
『こちらのほうが、かわいかったから』の真澄.(笑)
蟲毒とか犬神とか知ってるから,ああ,これ……だけど
あの手の呪詛を知らない人が読んだ時どう感じるのかな.
◇メモ
P.112 「ここにいる女子が人間だった時点で、おさとが知れているよ。わざわざ
手の内をさらしてくれなくてもね。験者と憑坐か……ずいぶん低俗だな」
P.128 「なんだ、泉水子ちゃんは、言葉の意味を知らなかったのね。憑坐というのは
憑き物落としをするときに、霊をとり憑かせる人をいうの。験者はつまり
山伏だけど、その山伏が、患者にとり憑いた霊を憑坐に乗り移らせて、
調伏して落とすわけ。中世のころは、神がかりのお告げをする
歩き巫女がいて、憑き物落としの山伏と夫婦になって、ペアを組んで
仕事をすることは多かったみたいよ」
P.133 見間違えようがないほど、真夏の乗馬は独特だった。第一、たづなを
もたずに馬場に出る生徒など、他にはだれもいない。今も馬を
歩ませながら、真夏は手ぶらだった。しかも、鞍の上で準備運動を
するように気ままな身ぶりをしている。
乗り手はふつう、馬の口にくわえさせたはみに力を加えることで、
馬に意思をかよわせるものだ。調教された馬は、その指図を憶えて
走ったり止まったり、左右に曲がったりする。馬術の基本はそのはずなのに、
馬は頭を上げ下げして自分のしたいようにふるまっていた。それでも、
馬と乗り手はよく息があっており、真夏は楽々として背中に
吸いついたように危なげがない。
馬が喜んで足を進めていることが伝わってきて、背に乗る真夏も
楽しそうだった。もっとも、こういう乗り方は、指導者が見ていないときだけと
聞いていた。馬術部の顧問はもっと様式に厳しいそうだ。
…裸馬に乗る話を思い起こすと,微妙に違和感がある.
いや,それ以前に手綱は弛ませているのが通常状態の筈.
ま,乗馬経験を積んでからの判断になるけど.
P.143 「何をしろっていうんだよ。プラカード持ちとか、応援演説とか」
「ううん、式神退治」
真響はにこやかに答えた。
P.158 「式神っぽいものとは関係ないのはたしかだけど、ふつうかどうかは
……あの、如月さんって女子だと思う?」
「うん、女子だよ」
真響は迷わず答えた。
「性同一性障害があるとかの、深刻な話は聞いたことがないから、
あの格好はただのファッションだと思う。男子の制服を着てはいけない
という校則もないし」
「たしかに似合っていたけれど」
P.169 「どこでだろう。学園内だったらもっと許せないけど、実家のほうかもしれない。
式神を生み出すには厳しい条件があるのよ。よくある方法は、動物を
かわいがっておいて、むごく殺すこと。殺された動物の念を縛って、
式神として使役するの。そりゃさぞ強力な術になるでしょうよ。
わかっているからこそ、放っておけない」
P.171 「前からそう思っていたけれど、今もそう思う。式神を使う高柳くんに
対抗できて、そういう面でもすごいのに、学校のあれこれでも人一倍
活躍できている。わたしも見習えたらいいのに」
「泉水子ちゃんんって、少しもいやみじゃなく言えるんだね、そういうこと」
真響は明るくほほえんだ。
「競争心ないよね。泉水子ちゃんって。私はそうじゃないの。努力家のほうだと
思うけれど、負けん気がありすぎ。でも、真夏はきっと、私より泉水子ちゃんに
近いだろうな。あの子、人間社会には興味ないって本気で思っていそうで、
少し心配なの」
P.172 ふつうになりたいと、願い続けて、自分と他人の異なる部分は、なるべく
直視しないことにつとめていた泉水子だった。けれども、今は、
ふつうでないことを恥じなくていいのだと思った。真響のような人物がいるのだ。
P.197 怖がりな泉水子だが、暗闇を意味なく恐れるということはあまりなかった。
山育ちなので、明かりのないところを歩くことにけっこう慣れていたし、わりに
夜目もきいたのだ。玉倉山であれば、深夜に外を歩いても平気で入られた。
P.199 「ああ、でも、おれ、ちょっとばかりもの忘れが激しいから、また名前を
聞くことがあるかもしれない。そのときは気を悪くしないで、もう一度
教えてね。見える人に見てもらうのはいつでも大歓迎だよ。
おしゃれしたかいがあるもん」
「他の人に見てもらえるから、スカートだったのか」
「鳳城に来て、鳳城の制服を着るのは当たり前じゃん」
「当たり前で、どうして女子の制服なんだよ」
真澄はどうどうと言い切った。
「こちらのほうが、かわいかったから」
P.208 「生きものの恨みをむだに作り出すな。いつかは消せない大きさになって、
使い手が死んでも残ることになるぞ」
P.209 「ぼくだって、人殺しをしようとまで思っちゃいないのに。きみが悪いんだぞ、
こんなまねをするから」
P.233 %相楽雪政について尋ねられて
「そんなに聞きたければ言うが、おれに話しかけるな、と思っている」
勢いで口にした言葉でないぶん、内容がつきささってきた。深行は
腰を上げ、泉水子の前に立ったが、ずいぶん平静な態度だった。
泉水子をにらみつけるわけでもなく、ただ、きっぱりとした拒絶があった。
「ああいうやつと手を組んでいると思われることだけは、まぬがれたいんだ。
雪政がここで何をしようとかまわない。だが、おれとは無関係だ。
鈴原といっしょにいることで、同じ仲間とは見られたくない」
P.235 <土曜の朝、高尾山に登ってごらん>
P.237 今度は交通アクセスを調べると、たしかに鳳城学園のすぐそこだった。
学園前からバスで高尾駅へ行けば、高尾山口駅までのひと駅で、
これなら小学生でも行ける距離だ。
P.239 お下げ髪の少女が、どれほどの願いをこめてコインを投じたか、だれにも
推測できなかったにちがいない。間髪を入れずに下方の口から乗車券が
吐き出されると、大吉のみくじを引き当てたような気がした。
P.254 「けっこうめずらしいのよ。真夏が他人になつくのは。泉水子ちゃんは
まだわかるとしても、相楽のようなタイプになつくのはめずらしすぎる。
相楽って、動物に好かれる人には見えないのに」
P.266 天気雨が降ったときには、急いで空が見えるところまで行かねばならないのだ。
P.267 からのを 塩に焼き
しがあまり 琴につくり
かき弾くや
ゆらのとのわたりの となかのいくりに
ふれたつ なづの木の
さやさや
歌い終えると、胸のつかえが落ちたようにすっきりした気分になっていた。
思い切り歌えたことがうれしかった。東京の学園に来てから初めて、
縮こまるのをやめて自分を外に出せたような気がした。
虹の七色の応答があったおかげだ。
P.305 「関係ないって言ったくせに。態度悪かったくせに。話しかけるなって
言ったくせに」
「ああ、言ったよ」
泉水子がけんめいにふりしぼった言葉に、深行も言い返した。
「だからって、どこに顔をつっこんでいるんだよ。おとなしく雪政のところへ
行ってりゃいいだろう。だれがどこでどんな思惑をもっているかもわからない
というのに、魂胆がわかっているぶん、まだしもあいつのほうがましじゃないか」
かっとなる思いで泉水子は声を大きくした。
「深行くんがそんなにへそ曲がりだから、こういうことになっているんじゃない」
それまで黙っていた仄香が、離れた場所でぼそっと言った。
「なによ、あなたたち……それって、痴話げんか?」
(どうして、これがそうなる……)
P.306 あまりの見当ちがいな言われように絶句して、泉水子は同じく絶句した
深行と思わず目を見合わせてしまった。その瞬間に気がついた。
(ちがう、見当ちがいじゃない。これはわたしが一番言いたかったこと。
わたしが一番破りたかった自分の殻だ……)
泉水子の中で何かがふっとゆるんだ。ゆるんでほどけていった。
同時に、泉水子の三つ編みがほどけていった。毛先のゴムをいつ取ったか
思い出せなかったが、今の今までしっかり保っていたお下げ髪が、
するすると勢いよくほどけていく。まるで髪が命をもっているかのようだった。
P.307 仄香がささやくように呼んだ。気配のちがいを敏感にさとり、怯えた
ようだった。泉水子は仄香に顔を向けると、紅をぬったくちびるを細くひいて
にっこりした。しかし、どことなく上の空のほほえみだった。視線はそのまま
宙をさまよい、部屋を見回して、やがて穂高に向けられた。
しばらく見つめてから、泉水子は口を開いた。
「そなたには、遠い過去に会ったことがある。何百年か前、まだ山伏たちが
日本の諸国をめぐり歩いていたころに。今でもわたしに会いたかったの?
それは、そなたが勘違いをしている。芸能の神はいつの時代も翁であって、
わたしではない。それに、判定者はそなたではない。選ぶのは泉水子だ」
穂高はがくぜんとした様子で見つめていた。くちびるを動かしかけたが、
声にならないようだ。泉水子は、早くも関心をなくしたように彼から顔を
そらし、今度は深行に向きあった。咲きほころんだ鮮やかな笑みには、
泉水子らしさがかけらもなかった。
「相楽深行、今では名をおぼえた。この手をお取り」
P.308 手をとった深行にさらに身を寄せ、姫神はその目を平然とのぞきこんだ。
声はささやくばかりに低くなっていた。
「そなたには、してほしいことがある。わたしを生じさせないで。泉水子を
姫神にさせてはならない。わたしは、そのために過去を探っている」
P.309 「まだ、間に合うかもしれない。このままでは人は滅んでしまうだろう。
わたしがそうしてしまうだろう……」
◇巻末記載
引用文献
『図説日本呪術全書』 原書房
『新版九字護身法』 大八木興文堂
古事記 下巻 仁徳天皇
% 枯野を 塩に焼き 其が余り 琴に作り 掻き弾くや
% 由良の門の 門中の海石に ふれ立つ なづの木の さやさや
%枯野という船
%岩波書店 日本古典文学大系 古事記祝詞 282頁
%本文267頁
%参考 http://blog.goo.ne.jp/katodesuryoheidesu/e/9d85b7da478b0be56fce83eed8b3291d
万葉集 巻第十一 二七八七
% 天地の 寄り合いの極み 玉の緒の 絶えじと思ふ 妹があたりみつ
% 本文300頁.角川文庫 頁
%天地之依相極玉緒之不絶常念妹之當見津
%あめつちの よりあいのきわみ たまのおの たえじとおもふ いもがあたりみつ
参考文献
『名山の日本史』 高橋千劔破著 河出書房新社
鳳城学園に来て寮に入った泉水子が馴染めるかなという
学園もの風味で始るものの,中々派手な展開で読ませる.
やっと?心情的に親近感をもてるキャラが出てきた.
『こちらのほうが、かわいかったから』の真澄.(笑)
蟲毒とか犬神とか知ってるから,ああ,これ……だけど
あの手の呪詛を知らない人が読んだ時どう感じるのかな.
◇メモ
P.112 「ここにいる女子が人間だった時点で、おさとが知れているよ。わざわざ
手の内をさらしてくれなくてもね。験者と憑坐か……ずいぶん低俗だな」
P.128 「なんだ、泉水子ちゃんは、言葉の意味を知らなかったのね。憑坐というのは
憑き物落としをするときに、霊をとり憑かせる人をいうの。験者はつまり
山伏だけど、その山伏が、患者にとり憑いた霊を憑坐に乗り移らせて、
調伏して落とすわけ。中世のころは、神がかりのお告げをする
歩き巫女がいて、憑き物落としの山伏と夫婦になって、ペアを組んで
仕事をすることは多かったみたいよ」
P.133 見間違えようがないほど、真夏の乗馬は独特だった。第一、たづなを
もたずに馬場に出る生徒など、他にはだれもいない。今も馬を
歩ませながら、真夏は手ぶらだった。しかも、鞍の上で準備運動を
するように気ままな身ぶりをしている。
乗り手はふつう、馬の口にくわえさせたはみに力を加えることで、
馬に意思をかよわせるものだ。調教された馬は、その指図を憶えて
走ったり止まったり、左右に曲がったりする。馬術の基本はそのはずなのに、
馬は頭を上げ下げして自分のしたいようにふるまっていた。それでも、
馬と乗り手はよく息があっており、真夏は楽々として背中に
吸いついたように危なげがない。
馬が喜んで足を進めていることが伝わってきて、背に乗る真夏も
楽しそうだった。もっとも、こういう乗り方は、指導者が見ていないときだけと
聞いていた。馬術部の顧問はもっと様式に厳しいそうだ。
…裸馬に乗る話を思い起こすと,微妙に違和感がある.
いや,それ以前に手綱は弛ませているのが通常状態の筈.
ま,乗馬経験を積んでからの判断になるけど.
P.143 「何をしろっていうんだよ。プラカード持ちとか、応援演説とか」
「ううん、式神退治」
真響はにこやかに答えた。
P.158 「式神っぽいものとは関係ないのはたしかだけど、ふつうかどうかは
……あの、如月さんって女子だと思う?」
「うん、女子だよ」
真響は迷わず答えた。
「性同一性障害があるとかの、深刻な話は聞いたことがないから、
あの格好はただのファッションだと思う。男子の制服を着てはいけない
という校則もないし」
「たしかに似合っていたけれど」
P.169 「どこでだろう。学園内だったらもっと許せないけど、実家のほうかもしれない。
式神を生み出すには厳しい条件があるのよ。よくある方法は、動物を
かわいがっておいて、むごく殺すこと。殺された動物の念を縛って、
式神として使役するの。そりゃさぞ強力な術になるでしょうよ。
わかっているからこそ、放っておけない」
P.171 「前からそう思っていたけれど、今もそう思う。式神を使う高柳くんに
対抗できて、そういう面でもすごいのに、学校のあれこれでも人一倍
活躍できている。わたしも見習えたらいいのに」
「泉水子ちゃんんって、少しもいやみじゃなく言えるんだね、そういうこと」
真響は明るくほほえんだ。
「競争心ないよね。泉水子ちゃんって。私はそうじゃないの。努力家のほうだと
思うけれど、負けん気がありすぎ。でも、真夏はきっと、私より泉水子ちゃんに
近いだろうな。あの子、人間社会には興味ないって本気で思っていそうで、
少し心配なの」
P.172 ふつうになりたいと、願い続けて、自分と他人の異なる部分は、なるべく
直視しないことにつとめていた泉水子だった。けれども、今は、
ふつうでないことを恥じなくていいのだと思った。真響のような人物がいるのだ。
P.197 怖がりな泉水子だが、暗闇を意味なく恐れるということはあまりなかった。
山育ちなので、明かりのないところを歩くことにけっこう慣れていたし、わりに
夜目もきいたのだ。玉倉山であれば、深夜に外を歩いても平気で入られた。
P.199 「ああ、でも、おれ、ちょっとばかりもの忘れが激しいから、また名前を
聞くことがあるかもしれない。そのときは気を悪くしないで、もう一度
教えてね。見える人に見てもらうのはいつでも大歓迎だよ。
おしゃれしたかいがあるもん」
「他の人に見てもらえるから、スカートだったのか」
「鳳城に来て、鳳城の制服を着るのは当たり前じゃん」
「当たり前で、どうして女子の制服なんだよ」
真澄はどうどうと言い切った。
「こちらのほうが、かわいかったから」
P.208 「生きものの恨みをむだに作り出すな。いつかは消せない大きさになって、
使い手が死んでも残ることになるぞ」
P.209 「ぼくだって、人殺しをしようとまで思っちゃいないのに。きみが悪いんだぞ、
こんなまねをするから」
P.233 %相楽雪政について尋ねられて
「そんなに聞きたければ言うが、おれに話しかけるな、と思っている」
勢いで口にした言葉でないぶん、内容がつきささってきた。深行は
腰を上げ、泉水子の前に立ったが、ずいぶん平静な態度だった。
泉水子をにらみつけるわけでもなく、ただ、きっぱりとした拒絶があった。
「ああいうやつと手を組んでいると思われることだけは、まぬがれたいんだ。
雪政がここで何をしようとかまわない。だが、おれとは無関係だ。
鈴原といっしょにいることで、同じ仲間とは見られたくない」
P.235 <土曜の朝、高尾山に登ってごらん>
P.237 今度は交通アクセスを調べると、たしかに鳳城学園のすぐそこだった。
学園前からバスで高尾駅へ行けば、高尾山口駅までのひと駅で、
これなら小学生でも行ける距離だ。
P.239 お下げ髪の少女が、どれほどの願いをこめてコインを投じたか、だれにも
推測できなかったにちがいない。間髪を入れずに下方の口から乗車券が
吐き出されると、大吉のみくじを引き当てたような気がした。
P.254 「けっこうめずらしいのよ。真夏が他人になつくのは。泉水子ちゃんは
まだわかるとしても、相楽のようなタイプになつくのはめずらしすぎる。
相楽って、動物に好かれる人には見えないのに」
P.266 天気雨が降ったときには、急いで空が見えるところまで行かねばならないのだ。
P.267 からのを 塩に焼き
しがあまり 琴につくり
かき弾くや
ゆらのとのわたりの となかのいくりに
ふれたつ なづの木の
さやさや
歌い終えると、胸のつかえが落ちたようにすっきりした気分になっていた。
思い切り歌えたことがうれしかった。東京の学園に来てから初めて、
縮こまるのをやめて自分を外に出せたような気がした。
虹の七色の応答があったおかげだ。
P.305 「関係ないって言ったくせに。態度悪かったくせに。話しかけるなって
言ったくせに」
「ああ、言ったよ」
泉水子がけんめいにふりしぼった言葉に、深行も言い返した。
「だからって、どこに顔をつっこんでいるんだよ。おとなしく雪政のところへ
行ってりゃいいだろう。だれがどこでどんな思惑をもっているかもわからない
というのに、魂胆がわかっているぶん、まだしもあいつのほうがましじゃないか」
かっとなる思いで泉水子は声を大きくした。
「深行くんがそんなにへそ曲がりだから、こういうことになっているんじゃない」
それまで黙っていた仄香が、離れた場所でぼそっと言った。
「なによ、あなたたち……それって、痴話げんか?」
(どうして、これがそうなる……)
P.306 あまりの見当ちがいな言われように絶句して、泉水子は同じく絶句した
深行と思わず目を見合わせてしまった。その瞬間に気がついた。
(ちがう、見当ちがいじゃない。これはわたしが一番言いたかったこと。
わたしが一番破りたかった自分の殻だ……)
泉水子の中で何かがふっとゆるんだ。ゆるんでほどけていった。
同時に、泉水子の三つ編みがほどけていった。毛先のゴムをいつ取ったか
思い出せなかったが、今の今までしっかり保っていたお下げ髪が、
するすると勢いよくほどけていく。まるで髪が命をもっているかのようだった。
P.307 仄香がささやくように呼んだ。気配のちがいを敏感にさとり、怯えた
ようだった。泉水子は仄香に顔を向けると、紅をぬったくちびるを細くひいて
にっこりした。しかし、どことなく上の空のほほえみだった。視線はそのまま
宙をさまよい、部屋を見回して、やがて穂高に向けられた。
しばらく見つめてから、泉水子は口を開いた。
「そなたには、遠い過去に会ったことがある。何百年か前、まだ山伏たちが
日本の諸国をめぐり歩いていたころに。今でもわたしに会いたかったの?
それは、そなたが勘違いをしている。芸能の神はいつの時代も翁であって、
わたしではない。それに、判定者はそなたではない。選ぶのは泉水子だ」
穂高はがくぜんとした様子で見つめていた。くちびるを動かしかけたが、
声にならないようだ。泉水子は、早くも関心をなくしたように彼から顔を
そらし、今度は深行に向きあった。咲きほころんだ鮮やかな笑みには、
泉水子らしさがかけらもなかった。
「相楽深行、今では名をおぼえた。この手をお取り」
P.308 手をとった深行にさらに身を寄せ、姫神はその目を平然とのぞきこんだ。
声はささやくばかりに低くなっていた。
「そなたには、してほしいことがある。わたしを生じさせないで。泉水子を
姫神にさせてはならない。わたしは、そのために過去を探っている」
P.309 「まだ、間に合うかもしれない。このままでは人は滅んでしまうだろう。
わたしがそうしてしまうだろう……」
◇巻末記載
引用文献
『図説日本呪術全書』 原書房
『新版九字護身法』 大八木興文堂
古事記 下巻 仁徳天皇
% 枯野を 塩に焼き 其が余り 琴に作り 掻き弾くや
% 由良の門の 門中の海石に ふれ立つ なづの木の さやさや
%枯野という船
%岩波書店 日本古典文学大系 古事記祝詞 282頁
%本文267頁
%参考 http://blog.goo.ne.jp/katodesuryoheidesu/e/9d85b7da478b0be56fce83eed8b3291d
万葉集 巻第十一 二七八七
% 天地の 寄り合いの極み 玉の緒の 絶えじと思ふ 妹があたりみつ
% 本文300頁.角川文庫 頁
%天地之依相極玉緒之不絶常念妹之當見津
%あめつちの よりあいのきわみ たまのおの たえじとおもふ いもがあたりみつ
参考文献
『名山の日本史』 高橋千劔破著 河出書房新社
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