池田知沙子『みんなちさこの思うがままさ』山と溪谷社
書誌情報がついたほうが良いので読書にするが
山範疇にしてもいい種類の本.
浦和浪漫山岳会で活動をされていた方が
51歳という若さで脳内出血で早世されたときに
編まれた遺稿集を山と溪谷社が刊行したもの.
山溪の短い紹介に惹かれて見たら面白くて通読.
山行については,あっさりと書かれているけれど
浦和浪漫!だし,地図を眺めても……凄まじいけど
山に浸るのを楽しんだり,古い径に思いを寄せたり
そういう静かな部分がとても素敵だった.
どの山も素敵だけど,なぜか,『天狗の庭』が
とても気になった.苗場山の南西にあたるけれど
沢登りの熟達者でもないと辿りつけそうもないが.
◇メモ
P.33 コシアブラの大木をみつけて、みんなでむしる。
「全部とるな、一番芽は残せ、山耕」と、らしくなく代表が怒鳴ったりしてる。
…取るのは一番芽だけにしろ,という話を良く聞く気もするので少し疑問符.
P.93 ちさこの思うがままさ(雪渓がズタズタで完登はできなかったという意味です)。
P.187 「赤倉山よりに、ほんとうの苗場ともいえる天狗の庭と呼ぶ、
ほとんど人の入らない湿原がある」
と赤湯の若主人から聞かされた私は、なんとか沢を溯って
この天狗の庭に至ってみたいと思っていた。
…清津川・サゴイ沢,至らず.
P.290 仄暗くなった杉林に蛍がとびはじめた。薄い雲のむこうには
星もまたたきはじめ、鳥甲の山やまもその荒々しさをとりさって、
優しく藍色の中に沈んでいく。
(ねえ、リリス、やっとこられたよ。今夜はフライを張らないで野宿がいいね)
栃ノ木沢は岩を削って落ちてくる。岩峰と巨岩を割って走り出てくる。
側壁からあふれた水は滝となり、はるか高みからしぶきを降らせてくる。
帰るしかないと何度思ったろう。無理とわかっている滝に身をおどらせて、
はじきとばされた。足を震わせ湿ったみぞをせりあがった。どうしても届かない。
やがていつのまにかこの悪い巻き。木の根にそっとつかまり、草の根を
やわqらかにおさえる。すり抜けるように沢床にもどった。
(おはよう リリス)
栃ノ木沢は溯るほど高度を失い、穏やかな流れになっていく。滑らかな
沢床がシラビソの大木の森の中を、遊ぶように踊るように蛇行していく。
そして頭上を覆う笹ヤブにまわりをとり囲まれて、とうとう水は尽きてしまった。
二個のコンパスを握りしめ、森に入る。
ガスが流れていく。
ほんとうにここは見知らぬ国、シラビソの巨木で空がみえない。
コバイケイソウの群落、小さな湿原、強靭なシャクナゲのヤブ、
心和らぐ下草、倒木、笹ヤブの海。森の中は千変万化する。
夢みた頂上台地南のはずれの大湿原に、とうとう出る。
ガスの流れにそうように、湿原のへりを一周する。なんていう
静けさだろう。じっとみつめているとモウセンゴケの息づかいまでもが、
聞こえてきそうな気がする。張りつめた思いでいっぱいで、
腰を下ろすことも思わず、またヤブの中に入る。
台地の西のはずれまでいき、そこからまっすぐ東に向かった。
もういくつ湿原を越えただろうか。森はますます深くなっていき、
体は倒れこみたいほど疲れていた。けれど出会ったどの湿原も、
泊まっていけとはいってくれなかった。
身を横たえるほどの小さな居場所を探して、小さなシラビソや
赤マツの中を泳いでいくうちに、突然ぽいと登山道に
ほうり出されてしまった。わけもなくうらめしく、せめて森を
見おろせるところまではと、体をムチうった。
夜半、あまりの明るさに目をさます。
こうこうと月が昇っていた。満月は鳥甲の山やまを浮かびあがらせ、
シラビソの森を、ビロードのような湿原を、しろがねの光沢で覆う。
こうやってキスゲに囲まれ、月明かりの森の中に立っていると
自分が自分でないように思える。
キョッ、キョッとヨタカが鳴いた。
夜露が降りていた。ひとつの手違いもなく、どの枝々にもどの草花にも
透明な玉が飾られ、ちょうど昇ってきた朝日を受けて、あらん限りの力で輝く。
森のいちばん美しい刻。立ち去るのはつらかったが急がなくてはならない。
ふりかえり、ふりかえり、龍ノ峰へと向かう。
少し寒い。
龍ノ峰には風が吹いていた。ワタスゲが揺れている。しずくの宝石をつけた
ヌマガヤが波立ち、キラキラと輝く。池塘の水面に落ちた日の光は
眩いばかりの金色の帯となり、さざなみくだけて無数の金色の
粒子となってとびちった。
(ねえ、リリス、こんな美しい朝があるんだね)
逆光にワタスゲが白色光に燃えあがった。
流砂のように一瞬草原は静まり返る。
日の光は妖しさをあらわにする。
浄からぬ祈りがきこえた。
ふりかえるとリリスがいた。
リリスから森羅万象七つの手品を見せてもらったような気もするのだが、
「お帰り……ずいぶん遠くにいっていたんだね」
となつかしい声を耳にしたとたん、その燃えるような瞳が罪の色で
輝いていたこと以外は、もうなにも思い出せなくなっていた。
月報45(1989年1月号)
P.322 ■カワセミの仕掛け
二号通しの糸、1.3mに袖鈎12号を直付けする。これだけ。
引いたらガバッと抜き上げる。いや、たまげた仕掛けだ。
それがまた、受け継がれていくのだから、まったくたまげる。
P.322 ■必携調味料
小麦粉・ラード・醤油・塩・味噌・粉末酢・粉末つゆの素・胡麻・
かつお節・七味・山葵
書誌情報がついたほうが良いので読書にするが
山範疇にしてもいい種類の本.
浦和浪漫山岳会で活動をされていた方が
51歳という若さで脳内出血で早世されたときに
編まれた遺稿集を山と溪谷社が刊行したもの.
山溪の短い紹介に惹かれて見たら面白くて通読.
山行については,あっさりと書かれているけれど
浦和浪漫!だし,地図を眺めても……凄まじいけど
山に浸るのを楽しんだり,古い径に思いを寄せたり
そういう静かな部分がとても素敵だった.
どの山も素敵だけど,なぜか,『天狗の庭』が
とても気になった.苗場山の南西にあたるけれど
沢登りの熟達者でもないと辿りつけそうもないが.
◇メモ
P.33 コシアブラの大木をみつけて、みんなでむしる。
「全部とるな、一番芽は残せ、山耕」と、らしくなく代表が怒鳴ったりしてる。
…取るのは一番芽だけにしろ,という話を良く聞く気もするので少し疑問符.
P.93 ちさこの思うがままさ(雪渓がズタズタで完登はできなかったという意味です)。
P.187 「赤倉山よりに、ほんとうの苗場ともいえる天狗の庭と呼ぶ、
ほとんど人の入らない湿原がある」
と赤湯の若主人から聞かされた私は、なんとか沢を溯って
この天狗の庭に至ってみたいと思っていた。
…清津川・サゴイ沢,至らず.
P.290 仄暗くなった杉林に蛍がとびはじめた。薄い雲のむこうには
星もまたたきはじめ、鳥甲の山やまもその荒々しさをとりさって、
優しく藍色の中に沈んでいく。
(ねえ、リリス、やっとこられたよ。今夜はフライを張らないで野宿がいいね)
栃ノ木沢は岩を削って落ちてくる。岩峰と巨岩を割って走り出てくる。
側壁からあふれた水は滝となり、はるか高みからしぶきを降らせてくる。
帰るしかないと何度思ったろう。無理とわかっている滝に身をおどらせて、
はじきとばされた。足を震わせ湿ったみぞをせりあがった。どうしても届かない。
やがていつのまにかこの悪い巻き。木の根にそっとつかまり、草の根を
やわqらかにおさえる。すり抜けるように沢床にもどった。
(おはよう リリス)
栃ノ木沢は溯るほど高度を失い、穏やかな流れになっていく。滑らかな
沢床がシラビソの大木の森の中を、遊ぶように踊るように蛇行していく。
そして頭上を覆う笹ヤブにまわりをとり囲まれて、とうとう水は尽きてしまった。
二個のコンパスを握りしめ、森に入る。
ガスが流れていく。
ほんとうにここは見知らぬ国、シラビソの巨木で空がみえない。
コバイケイソウの群落、小さな湿原、強靭なシャクナゲのヤブ、
心和らぐ下草、倒木、笹ヤブの海。森の中は千変万化する。
夢みた頂上台地南のはずれの大湿原に、とうとう出る。
ガスの流れにそうように、湿原のへりを一周する。なんていう
静けさだろう。じっとみつめているとモウセンゴケの息づかいまでもが、
聞こえてきそうな気がする。張りつめた思いでいっぱいで、
腰を下ろすことも思わず、またヤブの中に入る。
台地の西のはずれまでいき、そこからまっすぐ東に向かった。
もういくつ湿原を越えただろうか。森はますます深くなっていき、
体は倒れこみたいほど疲れていた。けれど出会ったどの湿原も、
泊まっていけとはいってくれなかった。
身を横たえるほどの小さな居場所を探して、小さなシラビソや
赤マツの中を泳いでいくうちに、突然ぽいと登山道に
ほうり出されてしまった。わけもなくうらめしく、せめて森を
見おろせるところまではと、体をムチうった。
夜半、あまりの明るさに目をさます。
こうこうと月が昇っていた。満月は鳥甲の山やまを浮かびあがらせ、
シラビソの森を、ビロードのような湿原を、しろがねの光沢で覆う。
こうやってキスゲに囲まれ、月明かりの森の中に立っていると
自分が自分でないように思える。
キョッ、キョッとヨタカが鳴いた。
夜露が降りていた。ひとつの手違いもなく、どの枝々にもどの草花にも
透明な玉が飾られ、ちょうど昇ってきた朝日を受けて、あらん限りの力で輝く。
森のいちばん美しい刻。立ち去るのはつらかったが急がなくてはならない。
ふりかえり、ふりかえり、龍ノ峰へと向かう。
少し寒い。
龍ノ峰には風が吹いていた。ワタスゲが揺れている。しずくの宝石をつけた
ヌマガヤが波立ち、キラキラと輝く。池塘の水面に落ちた日の光は
眩いばかりの金色の帯となり、さざなみくだけて無数の金色の
粒子となってとびちった。
(ねえ、リリス、こんな美しい朝があるんだね)
逆光にワタスゲが白色光に燃えあがった。
流砂のように一瞬草原は静まり返る。
日の光は妖しさをあらわにする。
浄からぬ祈りがきこえた。
ふりかえるとリリスがいた。
リリスから森羅万象七つの手品を見せてもらったような気もするのだが、
「お帰り……ずいぶん遠くにいっていたんだね」
となつかしい声を耳にしたとたん、その燃えるような瞳が罪の色で
輝いていたこと以外は、もうなにも思い出せなくなっていた。
月報45(1989年1月号)
P.322 ■カワセミの仕掛け
二号通しの糸、1.3mに袖鈎12号を直付けする。これだけ。
引いたらガバッと抜き上げる。いや、たまげた仕掛けだ。
それがまた、受け継がれていくのだから、まったくたまげる。
P.322 ■必携調味料
小麦粉・ラード・醤油・塩・味噌・粉末酢・粉末つゆの素・胡麻・
かつお節・七味・山葵
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