柴村仁『プシュケの涙』電撃文庫

ぁぅぅぅぅ,顔くしゃくしゃにして泣きたい,せつない.
榎戸川が語る前半は冒頭の透き通るかもという感じから
うひゃぁと思わされる展開に到るのだけれども
吉野彼方が語る後半が,どろっとシンドイ感じから
由良宅で爆睡できてしまって,さらに軽快透明に….
そこで時間軸は…というわけで哀しい物語だけど
後半の後半があるから…泣ける物語になっている.
画面右下の空白で象徴される吉野彼方の想いを追って
もがいた由良の想いが,どうしようもなさが,せつない….

書店で表紙が目に入ったとき泣きそうで…
それだけは,ちょっと,きつすぎる名残かもしれない.

なお,地雷の心配をしながら読んだけれど違ってた.
『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』…泣けない地雷.

◇メモ
P.31 四階の端にある美術室は、文化祭の準備に奔走する生徒の喧騒や運動部の
   威勢のいい掛け声からは、隔離されたように静かだった。扉を開けると、独特の
   においが鼻を突いた。選択科目である美術の授業を受けるのは一年時だけなので、
   ここに来るのは久しぶりだ。
    由良は、広い特別教室の中に、一人きりで座っていた。
    パレットと絵筆を手に、イーゼルに立てかけられたキャンバスに向かう――
   というのが勝手ながら僕の抱く美術部員のイメージだった。しかし、今そこにいる
P.32 美術部員・由良は、そのイメージとは違う様相だった。エプロンを着けた枯れは、
   普通に椅子に座り、普通に机に向かい、A4くらいの紙に筆を走らせていた。
    由良は顔も上げず、目だけ動かして僕の姿を確認すると、何も言わず視線を
   筆先に戻した。
    僕は扉のあたりに突っ立ったままでいた。
    書道をするような姿勢で由良は、蛍光色と呼んでいいくらいに明るいピンクの
   絵の具を筆に含ませ、紙に載せ、拡げ、或いは葉の青色と滲ませて――
   撫子を描いていた。紙に下書きの線などは引かれておらず、参考にするような
   資料も机周辺にはなく、つまり由良は由良の頭の中に咲いている撫子の花を、
   絵の具のみで紙の上に具現しているのだった。
    花弁の一枚を塗り終わったところで由良は筆を置き、足元に置いてあったペット
   ボトルのお茶に手を伸ばした。「入部希望?」
    三年のこの時期に新規入部なんてするはずないわけだが。
    僕はグビグビとお茶を飲む由良の傍らに立った。「……これって、水彩画?」
    「うん、まぁ、水彩」
     なげやりに答える由良の目があさってお方に向けられていることに気づき、視線を
    追う。教室の後方、作り付けの棚の上に、水張りされた水彩画が一枚、たてかけ
   られていた。 
    その絵。
P.33  僕は無意識のうちに、吸い寄せられるようにフラフラと、その絵に近づいていた。
    描かれているのは、無数の青い蝶だ。翅が花束のように重なり連なり、何かの
    結晶に似た幾何学の輪郭を描く。翅の青は画面下に行くにしたがって、撫子に
    使われていたのと同じ鮮やかなピンクと混じり、あるときは濃くなりあるときは
    薄くなりながら、やがて泡沫のように消える。朝焼けのような鮮烈なグラデー
    ションを前に、僕は思わず息を呑んだ。
    「それ、どう」由良が抑揚のない静かな声で訊いた。
    「……絵のことはよく分からないんだけど……なんか、すごい」
    「絵に疎い人間に『なんかすごい』と思わせることができたら上々だ」
    ただ、一点。
    画面の右下あたりが、空白だった。下書きも何も描かれていない。全体の
    バランスから言って、余白を活かしているというのでもなさそうだが――
    僕は由良を振り返り、訊いてみた。「これ、もしかして、描きかけ?」
    「うん」
    「この余白部分には何が入るんだ?」
    「分からない」
    「?」
    何を描きこむか決めかねているという意味だろうか。
P.34  では――先ほど描いていた撫子は、習作なのかもしれない。
    僕の視線に気づいたのか、由良は、撫子が描かれたばかりでまだ湿り気を
   帯びるA4紙を、ひょいと摘み上げた。
   「こいつは、その絵のタッチを真似て描いたものだ」
   「真似た?……」
   「そう。なかなかうまくいかない」
    つまり、この蝶の絵は、由良が描いたものではない、ということか。
    しかし――独特なグラデーションの具合とか、色の滲ませ方とか、すごくよく
   特徴を捉えている、というかむしろ、まったく同じと言っても差し支えないような
   気がした……と言っても、素人目から見たら、の話だが。
   「誰の真似をしてたんだ?」
    由良は椅子から腰を上げた。「吉野彼方」
   「え?」
   「その蝶の絵は、吉野彼方が描いたものだ」

P.35 「この絵を途中で放り出してしまうほどの何かがあったんだろうか」
     …これに引っ掛かるか,読み流してしまうかで読後感が随分変わるだろうな.
P.137 「……由良は、」
    「ん?」
    「死にたかったのか?」
    窓から目を離し、由良は僕をまっすぐに見た。「死にたいと思ったことはない」
P.138 「でも、」
    「言ったろ。試したかったんだ」

    ――四階から落ちた人間はどの程度の確率で死ぬんだろうな?

    そうだな。
    ただ純粋に、それを知りたかったんだろう。
    こいつはそういうヤツだ。
    自分の知りたいことを知るためならなんでもする。
    どんな無茶なことでも。
    「なら、僕を落とせばよかったのに」
    「……ふはっ」由良は肋骨を折っているので、腹筋使って笑うなんてのは
    当然アウトだ。それでもどうしても笑いが抑えられないらしく、「いてて、いてて」と
    顔を引き攣らせながら、痙攣するように笑っていた。ようやく笑いの波が
    引いたところで、あっけらかんと言う。「死にたがってるのはあんたのほうじゃん」
    「死にたいわけじゃないよ」
    「じゃあどういうわけ」
P.139 「…………」
    今度は僕が、窓の外に目をやった――九月に入ったというのに、相変わらず
    暑い日が続いていた。しかし、いつしか陽光は殺意をなくしていた。樹木の葉は、
    狂ったように鮮烈な緑ではなくなった。蝉の声も止んでいた。
     秋が来るのだ。何事もなかったかのように。
    「どうということはないんだけど、ただ……なんとなく、消えてしまいたく
     なることが、あるんだよな……なんかもういいや、みたいな……」
    「バカだな。皆そうなんだよ」

P.240 目を閉じて、深呼吸してみる。畳のいい香りがする。出してもらった座布団も
    ふかふかで、とっても座り心地がいい……ああ、そうだ。この畳に横になって、
    この座布団に頭を乗っけたら、気持ちいいだろうな……
     なんてことをふと思いついてしまって、
     いったん思いついてしまうと、そのことばかりグルグルと考えてしまって、
     ものすごく実行したくなった。
     いやいや、そんなの、ダメよダメよ。他人さまのおうちで。初めてお邪魔した
    客間で。そんな、ゴロゴロするなんて。絶対ダメ。子供だってそんなこと
    しないよ……ああ、でも、ちょっとだけなら分かんないかな。私、ここのところ
    ずっと、ゆっくり寝てないんだ……ううん、そんなの言い訳にならないよ。
    絶対ダメ。甘えちゃダメ……でも、今も、眠くて眠くてしょうが
P.241 ないんだ。だから、お願い。ごめんなさい。ちょっとだけ。ちょっとだけ
    許してください。由良くんか宛くんの足音が近づいてきたら、何事も
    なかったかのように起き上がります……
     心の中で言い訳がましいことを唱えながら、体をごろりと横たえる。座布団に、
    もふっと頭を乗せる。……。うーあー、やっぱりラクー。きもちいいしー。はあー。
     そうぞ通り、いや想像以上に、快適な寝心地だ。
     あー、たまらない。この座布団、抱き締めたい。
     じっと横になっていると、改めて、自分がひどく疲れていたことに気づく――
    そして、急激にのしかかってくる眠気。濃厚な暗闇が押し寄せてくる。
    瞼が開かない。体が動かない。柔かい泥の中に、全身がずぶずぶと
    沈みこんでいくような感覚。睡魔の誘惑……それは、少し怖いけど、
    でも、抗う気なんて起きないくらい気持ちがいい……

コメント

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Cornelia
2014年4月14日12:41

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Rawyl
2014年4月16日3:26

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